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第46話 筋肉の誇り

静かだった。

あまりにも、静かすぎた。

つい先ほどまで。

怒号が飛び交い。

骨の砕ける音が響き。

地面が抉れ。

空気そのものが震えていたはずの場所。

それが今は――

嘘のように、止まっている。

風だけが、ゆっくりと流れていた。

折れた枝が転がり。

倒れ伏した魔族たちの身体が、無言でそこにある。

その中心に。

立っている者は、三人。

ダービル。

ミリア。

そして――ハードキー。

ハードキーは、動けなかった。

足が、前に出ない。

命じても。

命じても。

身体が、言うことを聞かない。

(……なんだ、これは)

思考が、鈍る。

視界が、狭くなる。

目の前の男。

ダービル。

ただ立っているだけのはずなのに。

近づいてくるわけでもないのに。

圧がある。

空気が重い。

呼吸が浅くなる。

胸が締め付けられる。

(……違う)

これは――

“力”じゃない。

“恐怖”だ。

喉が鳴る。

乾いている。

唾が、飲み込めない。

手が震える。

視線が、定まらない。

逃げたい。

だが。

逃げられない。

理解している。

背を向けた瞬間。

終わる。

その時。

ふと。

視界の端に、別の存在が映る。

ミリア。

少し後ろに立つ少女。

(……あれは)

細い。

未熟。

戦力にならない。

だからこそ。

(使える)

思考が、わずかに戻る。

冷静さが、かすかに戻る。

(あいつなら……)

(人質にできる)

最後の手段。

だが。

今の状況を覆すには、十分だった。

指が動く。

震えている。

だが、動かす。

糸を、繰り出す。

音もなく。

気配もなく。

一直線に。

ミリアへと――

「ひっ……!!」

ミリアの身体が硬直する。

目が見開かれる。

そして。

反射的に。

ぎゅっと、目を閉じる。

来る。

絡め取られる。

動けなくなる。

怖い。

どうしようもなく、怖い。

――だが。

来ない。

何も。

何も、来ない。

「……?」

ゆっくりと。

恐る恐る。

ミリアが目を開ける。

視界が、ぼやける。

焦点が、合う。

そして。

理解する。

目の前。

少し前方。

ダービルの背中。

その左腕に――

糸が、巻き付いていた。

「なっ……!!」

ハードキーの声が、裏返る。

ありえない。

狙いは、完璧だった。

あの距離。

あの角度。

あの速度。

避けられるはずがない。

それを――

割り込んだ。

受け止めた。

意図的に。

ダービルの肩が、わずかに震える。

違う。

震えているのではない。

抑えている。

感情を。

「……くだらんことをしおって……!!」

声が、落ちる。

低く。

重く。

空気を押し潰すような声音。

その瞬間。

温度が、下がった気がした。

ダービルが、顔を上げる。

その目。

怒り。

明確な怒り。

だが、それだけではない。

侮蔑。

失望。

そして。

“許さない”という意志。

「貴様には――」

一歩。

地面が、わずかに沈む。

「魔族の」

さらに一歩。

距離が消える。

「誇りがないのか」

その言葉は。

ただの怒りではない。

価値観。

信念。

それを踏みにじられた者の、断罪だった。

ダービルの左腕に、力が入る。

筋肉が、膨れ上がる。

糸が、張り詰める。

ギシッ

音が鳴る。

空間が、軋む。

そして――

引く。

一気に。

ハードキーの身体が、前へと引きずられる。

地面を削る。

足が浮く。

抵抗できない。

抗えない。

まるで。

“引き寄せられている”。

重力のように。

逃げ場なく。

「ば、ばかな……!!」

叫びが、遅れて出る。

「私は……!」

「シューベット五人衆――」

バン

言葉は、最後まで届かなかった。

ダービルの拳。

全力の右ストレート。

迷いのない一撃。

振り抜かれる。

直撃。

顔面。

衝撃が、炸裂する。

音が遅れて響く。

そして。

次の瞬間。

ハードキーの顔が――

消えた。

爆散。

原型を残さない。

完全な破壊。

静寂。

再び。

何も、動かない。

ミリアは、動けなかった。

ただ。

見ていた。

理解が追いつかない。

だが。

確実に分かることがある。

「……強い」

声が、震える。

「同じ幹部同士なのに……」

「ここまで差があるものなの……?」

格が違う。

存在が違う。

次元が違う。

その時。

ダービルが、ゆっくりと振り向いた。

ミリアの方へ。

身体を向ける。

ミリアの心臓が、大きく跳ねる。

(え……?)

何かが来る。

そう、直感する。

ダービルが、構える。

筋肉が、膨張する。

全身が、張る。

空気が、歪む。

そして――

一瞬の静寂。

渾身の。

モストマスキュラー。

時間が、止まる。

音が、消える。

風すら、止まったように感じる。

ミリアは、完全に固まっていた。

思考が停止する。

目の前の現実。

戦闘。

殺意。

破壊。

そして今。

このポーズ。

何一つ、繋がらない。

ダービルが、静かに言う。

「……どうだ?」

真剣だった。

本気で、問いかけている。

ミリアの口が、わずかに開く。

言葉を探す。

だが。

出てきたのは。

「……えぇ」

それだけだった。

理解は。

まだ、追いついていなかった。

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