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第43話 筋肉を断つ糸

翌朝。

町は、昨日までの熱狂をまるで忘れたかのように、静かな日常へと戻っていた。

通りには、ゆっくりと人が行き交う。

荷を運ぶ者。

店を開ける者。

子どもたちの笑い声。

どれも、当たり前の風景。

だが。

その“当たり前”の裏側。

確かに、違和感があった。

目には見えない。

だが、確実にそこにある。

空気のどこかに、引っかかるようなもの。

静かすぎる。

整いすぎている。

それが、逆に不自然だった。

宿の一室。

まだ朝の光が柔らかく差し込む中。

四人が、机を囲んで立っていた。

竹助。

セリアーナ。

ミリア。

ダービル。

そして、その背後に控える数名の配下。

誰も、無駄な動きをしない。

息遣いすら、抑えられているような空気。

静かだが。

張り詰めている。

「今回の調査ですが」

最初に口を開いたのは、セリアーナだった。

声は落ち着いている。

だが、その瞳には迷いがない。

状況を見据え、整理し、判断している目だった。

「目立つ行動は避けるべきです」

一拍。

「敵の正体が不明な以上」

「こちらの情報を晒すのは危険です」

言葉を選びながら、しかし確実に積み上げていく。

理屈として、隙がない。

ダービルがゆっくりと頷く。

「……確かに」

低い声。

「集団で動けば、目立つ」

「目立てば、見られる」

「見られれば――狙われる」

短い言葉の連なり。

だが、その中に経験が滲む。

セリアーナは続ける。

「なので」

ほんの僅かに間を置く。

全員の意識を揃えるように。

「少人数で行動しましょう」

静かな提案。

だが、それはすでに結論だった。

竹助は、何も言わない。

腕も組まない。

ただ、立っている。

それで十分だった。

「いくつかのペアに分かれる」

ダービルが言う。

その声に、迷いはない。

「効率も上がる」

「異変にも気付きやすい」

無駄がない。

戦い慣れた者の判断。

セリアーナが、すぐに頷く。

「では」

一拍。

「勇者様と私」

自然な流れ。

そして。

「――ダービルさんとミリアさん」

ミリアの思考が、止まる。

「え?」

理解が、一瞬遅れる。

「わ、私と……ダービルさんですか!?」

声が裏返る。

予想していなかった。

いや。

避けたかった組み合わせ。

だが。

セリアーナは迷わない。

「補助神官として、支援をお願いします」

逃げ場のない、真っ直ぐな言葉。

ミリアは、一度視線を落とす。

胸の奥が、少しだけ重くなる。

だが。

「……はい」

小さく、しかし確かに頷いた。

配下たちも、無言で動き出す。

「我々も分散する」

「周囲を当たる」

町の外へ。

街道へ。

森へ。

それぞれが散っていく。

外に出る。

空は高く、青い。

風は穏やかで、暖かい。

一見すれば、何も問題はない。

だが。

どこか、引っかかる。

言葉にできない違和感。

だが――

ミリアには、それが分からない。

ただ。

隣を歩く存在が、気になって仕方なかった。

(この人と……二人……)

ダービル。

かつて敵だった男。

魔王軍四天王。

そして。

目の前にいるのは――

圧倒的な“力”の塊。

「……怖いか」

不意に。

低い声が落ちる。

ミリアの肩が跳ねた。

「え!?」

完全に見透かされていた。

「べ、別に……!」

反射的に否定する。

だが。

声が、わずかに震えている。

自分でも分かるほどに。

ダービルは、前を向いたまま言う。

「無理もない」

それだけだった。

否定も。

慰めも。

何もない。

ただ、事実だけ。

それが逆に、重い。

その時だった。

足元に、違和感。

ほんの、わずか。

砂の流れが、変わった気がした。

だが――

遅い。

ビシッ

空気が裂ける音。

視界の端で、何かが跳ねる。

次の瞬間。

糸。

無数の糸が、地面から一斉に噴き出す。

「え――!?」

避ける暇はない。

身体に絡みつく。

腕。

足。

胴。

締め付けられる。

一瞬で、自由を奪われる。

息が詰まる。

「っ……!」

動けない。

完全に、拘束されている。

隣を見る。

ダービルも同様だった。

だが。

動かない。

暴れない。

ただ、立っている。

まるで――

待っているかのように。

「……捕えた」

声が落ちる。

静かに。

だが、確実に。

影の中から、一人の男が現れる。

細い体。

無駄のない動き。

そして。

冷たい目。

感情が、感じられない。

その指先から、糸が伸びている。

まるで、空間そのものを縫い付けるかのように。

ミリアの呼吸が荒くなる。

心臓の音が、うるさい。

「あ、あなたが……!」

声が震える。

「商人たちを襲っている人ですね!?」

「何者ですか!?」

「目的は!?」

恐怖を押し殺すように、言葉を投げる。

男は、わずかに口元を歪める。

「質問が多いな」

一歩、近づく。

糸が、きしむ。

「だが、いいだろう」

一拍。

「私は」

「魔王シューベット五人衆の一人」

「糸使いのハードキー」

その名が、空気を変える。

重く。

冷たく。

圧のある響き。

「五人衆……!?」

ミリアの声が、かすれる。

ハードキーは続ける。

「腑抜けた魔王オーマを潰すため」

「我々は動いている」

淡々と。

感情はない。

「商人襲撃は第一段階」

「補給線を断ち」

「物資を奪い」

「領土を侵食する」

それは。

計画だった。

明確な、侵略。

その時。

ダービルの表情が、変わる。

ほんの僅か。

だが。

確実に。

「聞けば」

ハードキーは続ける。

「魔王オーマは」

「筋肉などという、くだらぬものに傾倒しているらしいな」

「魔王失格」

「魔王の恥だ」

――止まる。

音が。

空気が。

時間が。

すべて。

ミリアが、息を呑む。

何かが、まずい。

本能が、警鐘を鳴らす。

ダービルが、呟いた。

「……今」

一拍。

「何と言った」

その声は。

先ほどまでのものではない。

重い。

沈む。

底の見えない圧。

空気が、歪む。

糸が、わずかに震える。

ハードキーの指先が、ほんの僅かに動く。

違和感。

だが――

もう遅い。

何かが、変わる。

確実に。

そして――

戦いが、始まる。

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