第42話 筋肉王の決断
夜。
ダービルの拠点となっている宿。
外の喧騒は、すでに遠く。
昼間の熱気が嘘のように、静けさが広がっていた。
木造の柱が軋む音。
低く灯るランプ。
壁に揺れる影。
落ち着いた空間。
だが――
そこにいる面々の空気は、決して穏やかではなかった。
竹助。
セリアーナ。
ミリア。
そして――ダービル。
互いに、言葉を交わす前から分かっている。
ここから、何かが動く。
※
「……それで」
沈黙を破ったのは、ダービルだった。
ゆっくりと口を開く。
視線は、まっすぐに竹助へ向けられている。
「お前たちは」
一拍。
「こんなところまで、何をしにきたのだ?」
低く、重い問い。
探るようでいて、試すような響き。
だが。
竹助は、迷わない。
「商人が襲われている」
短い。
無駄がない。
だが、それで十分だった。
セリアーナが、一歩前に出る。
言葉を補う。
「王国の僻地で、被害が広がっています」
「原因は不明」
一拍。
「その調査のために来ました」
静かな説明。
だが、芯は強い。
ダービルは、何も言わずに聞いていた。
視線も動かさず。
ただ、受け止める。
そして。
小さく、息を吐いた。
「……噂は、耳にしている」
ミリアが、思わず反応する。
「え?」
ダービルは続ける。
「この辺りでも、似た話が出ている」
「商人が消える」
「荷が消える」
「痕跡が、残らない」
淡々とした言葉。
だが、その内容は重い。
「実は俺も」
一拍。
「気になっていたところだ」
空気が、わずかに変わる。
偶然ではない。
繋がっている。
確実に。
※
セリアーナの目が、強くなる。
一歩、踏み出す。
「それなら……!!」
言葉が弾ける。
だが。
その続きを、待つ必要はなかった。
「……決まりだな」
ダービルが言う。
即断。
一切の迷いがない。
竹助が、わずかに頷く。
「……悪くない」
それだけで、話は成立する。
理屈ではない。
理解。
それで十分だった。
ミリアだけが、取り残される。
「え?え?」
視線が揺れる。
会話の速度についていけない。
一拍。
セリアーナが、はっきりと言い切る。
「一緒に調査しましょう!」
決定だった。
ミリアが、思わず叫ぶ。
「敵ですよね!?」
当然の疑問。
だが。
ダービルは、肩をわずかにすくめるだけだった。
「過去のことだ」
軽い。
あまりにも軽い。
「軽くないですって!!」
ミリアの声が響く。
だが。
誰も否定しない。
※
その時。
竹助が、ぽつりと口を開く。
「……オーマは」
ダービルの目が、わずかに動く。
空気が変わる。
ほんの僅かに。
重くなる。
「おまえのことを言っていたようだな」
低く、静かな声。
「なに?」
ダービルの声音が、変わる。
竹助は続ける。
「マッシュという町に行くよう言われた」
「行けば分かる」
「そう言っていた」
沈黙。
時間にすれば、ほんの一瞬。
だが。
確かな意味を持つ間。
ダービルは、ゆっくりと目を閉じる。
過去をなぞるように。
そして。
小さく息を吐いた。
「……ふ」
わずかに、笑う。
「オーマ様には」
一拍。
「全てお見通しということか」
その言葉には。
誇りがあった。
揺るがない忠義。
そして。
認められているという、確かな実感。
※
ミリアは、その空気を感じ取る。
(この人……)
ただの“筋肉の人”ではない。
強い。
そして――深い。
※
「なら」
ダービルが、立ち上がる。
椅子が、静かに軋む。
「話は早い」
「明日から行動開始だ」
決断は、すでに終わっている。
迷いはない。
セリアーナも、頷く。
だが。
ミリアだけが、追いつかない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
声が響く。
その時。
竹助が、短く言った。
「待て」
全員の視線が集まる。
一拍。
「プロテインの時間だ」
沈黙。
※
竹助は、慣れた手つきで準備を始める。
水。
粉末。
混ぜる。
無駄がない。
それもまた、積み重ね。
ダービルが、興味を示す。
わずかに身を乗り出す。
「……なんだ、それは」
竹助は、当然のように答える。
「筋肉の源だ」
その一言で。
空気が変わる。
ピクリ。
ダービルの表情が、わずかに動く。
「ほう」
低く。
だが、明確な興味。
「詳しく聞かせてもらおうか」
セリアーナも、すかさず加わる。
「それはですね――」
語り始める。
理論。
効果。
摂取のタイミング。
熱量が、一気に上がる。
ミリアだけが、置いていかれる。
「何この流れ!?」
完全に、理解不能。
だが。
三人の間には、確かな共通言語があった。
筋肉。
それだけで、繋がる。
※
こうして。
チームは、一つになろうとしていた。
……ただ一人を除いて。
※
こうして。
新たな一行が、動き出す。
筋肉の勇者。
神官。
補助神官。
そして。
魔王軍四天王。
奇妙な組み合わせ。
だが。
確かな“力”を持つ者たち。
その先に待つのは――
まだ見ぬ敵。
まだ知らぬ脅威。
物語は、次の局面へと進む。




