第41話 筋肉王の宿
町の熱気は、まだ冷めていなかった。
歓声の余韻。
興奮の残り火。
その中を。
竹助たちは、静かに歩いていた。
先導するのは、ダービル。
その背中を、ミリアはじっと見つめる。
(この人が……四天王……)
信じられない。
つい先ほどまで、“敵”だった存在。
それが今は、当たり前のように前を歩いている。
しかも。
町の人間も、魔族も。
誰一人として警戒していない。
むしろ――
「筋肉王様!」
「さっきのすごかったです!」
「今日も最高でした!」
声が飛ぶ。
ダービルは、軽く手を上げるだけで応じる。
当然のように。
(どうなってるの、この人……)
ミリアの理解は、追いつかない。
※
やがて。
一行は、一軒の宿へと辿り着く。
大きくはない。
だが、どこか頑丈な造り。
柱が太い。
扉も厚い。
明らかに、普通の宿とは違う。
「ここだ」
ダービルが短く言う。
中に入る。
木の軋む音。
だが、それすら心地よい。
内部は、簡素だが整っている。
無駄がない。
まるで、鍛えられた身体のように。
※
席につく。
しばしの静寂。
やがて、ダービルが口を開いた。
「……あの後だ」
視線は、竹助へ。
「お前に敗れた後」
一拍。
「俺は、消えた」
短い言葉。
だが、その裏には重みがあった。
「部下を連れ」
「人知れず、鍛え続けた」
淡々と語られる。
だが。
そこには、確かな意志があった。
「誰にも頼らず」
「誰にも見られず」
「ただ、積み上げた」
ミリアが、思わず息を呑む。
(……この人も)
竹助と同じだ。
いや。
それ以上に、孤独な積み重ね。
※
「この町には」
ダービルが続ける。
「偶然、通りかかった」
「最初は、ただの通過点だった」
だが。
「建築作業を手伝った」
「力仕事だ」
一拍。
「いい鍛錬になる」
当然のように言う。
セリアーナが、深く頷く。
「理にかなっています」
「ですよね!?」
ミリアが叫ぶ。
だが、誰も気にしない。
ダービルは続ける。
「気づけば」
「居着いていた」
「いつの間にか」
「筋肉王と呼ばれるようになった」
「断ったんだがな」
ぽつりと、付け加える。
「だが、周りが勝手にそう呼ぶ」
ミリアは、頭を抱えた。
(この世界、どうなってるの……)
※
ふと。
ダービルの表情が変わる。
わずかに、眉が動く。
「……だが」
「妙な話も聞いた」
空気が、少しだけ引き締まる。
「魔王軍と、人間が戦った」
「そして――」
一拍。
「和解したと」
ミリアが息を呑む。
セリアーナは、静かに頷く。
竹助は、何も言わない。
それだけで、答えだった。
※
「さらに」
ダービルの視線が、鋭くなる。
「お前が」
「魔王様と戦ったとも聞いた」
沈黙。
そして。
ゆっくりと問う。
「どうだ」
一拍。
「魔王様は、強かっただろう?」
その声には。
敬意があった。
絶対の信頼。
揺るがない確信。
竹助は、わずかに目を細める。
「……あぁ」
短く、答える。
そして。
続けた。
「筋肉が通じ合った」
静寂。
ミリアが固まる。
「意味が分かりません!」
即座に叫ぶ。
ダービルは、少しだけ目を見開き。
そして――
笑った。
低く。
だが、どこか嬉しそうに。
「……そうだろう」
その一言には。
すべてが込められていた。
理解した者同士の、納得。
言葉にできないものへの、共感。
※
ミリアだけが。
その中に入れない。
「いや、分かってくださいよ!」
叫ぶ。
だが。
誰も説明しない。
できない。
なぜなら――
それは、言葉ではなく。
“積み重ね”だからだ。
※
夜は、静かに更けていく。
だが。
確実に。
何かが、動き始めていた。




