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第39話 恐怖と筋肉王

王都を出て、数日。

道は、次第に人の気配を失っていた。

整備された石畳は途切れ、土の道へと変わる。

踏みしめるたびに、乾いた音が足元から響く。

周囲には、背の高い草木。

視界を遮るように広がる緑。

どこか閉ざされたような感覚。

「……静かですね」

ミリアが、ぽつりと呟いた。

声を出したはずなのに、その音がやけに小さく感じる。

(……嫌な感じがする)

理由は分からない。

だが、胸の奥がざわついている。

何かが、起きる。

そんな予感だけが、確かにあった。

前を歩く竹助は、変わらず無言。

その背中は、揺るがない。

隣を歩くセリアーナもまた、落ち着いていた。

その二人と、自分。

(……なんでこんなに違うの)

同じ道を歩いているはずなのに、

感じている世界が違う気がした。

その時だった。

「――止まれ」

低く、押し潰すような声。

空気が、張り詰める。

ミリアの足が止まる。

前方の茂みが揺れた。

次の瞬間。

数人の男たちが姿を現す。

汚れた装備。

粗雑な武器。

鋭く濁った視線。

盗賊だった。

「荷物を置いていけ」

男の一人が、笑う。

その笑みには、容赦がない。

逃げ道はない。

ミリアの呼吸が、浅くなる。

(来た……)

分かっていた。

こういうことが起きる世界だと。

頭では、理解していた。

だが――

(無理……)

身体が、動かない。

足が、地面に縫い付けられたように重い。

魔法の詠唱が、頭に浮かばない。

(怖い……!)

思考が、止まる。

その時。

一歩、前に出る影。

セリアーナだった。

迷いはない。

「大丈夫です」

静かな声。

それだけで、不思議と空気が変わる。

ミリアの前に立つ。

守るように。

盗賊たちが、舌打ちする。

「女かよ」

「先にそっちから――」

言葉が、途中で途切れた。

ドン

空気が、潰れる。

見えない圧が、前方を押し込んだ。

盗賊たちの身体が、一斉に浮き上がる。

次の瞬間。

地面に叩きつけられた。

「ぐっ……!」

「な、なんだ……今の……!?」

土煙が舞う。

ミリアの視界が、揺れる。

何が起きたのか、理解できない。

ただ一つ分かるのは。

竹助が、そこに立っているということ。

何もしていないように見える。

だが。

確かに、何かが起きた。

それだけが、事実だった。

盗賊たちは、慌てて立ち上がる。

顔が青ざめている。

「ば、化け物かよ……!」

後ずさる。

完全に、戦意は失われていた。

その時。

一人が、竹助の顔を見た。

そして、凍りつく。

「こいつ……!」

声が震える。

記憶を引きずり出すように。

「まさか……!」

次の瞬間、叫ぶ。

「マッシュの町の……筋肉王か!?」

空気が、変わる。

その言葉を残し、盗賊たちは一斉に逃げ出した。

振り返らない。

ただ必死に、走る。

やがて、その姿は完全に消えた。

静寂。

風の音だけが戻る。

ミリアは、その場に立ち尽くしていた。

そして。

一気に現実に引き戻される。

「セリアーナ様!」

振り向く。

「今のは何ですか!?」

声が、少し裏返る。

セリアーナは、迷いなく答えた。

「筋肉です!」

即答。

一切の迷いがない。

「意味が分かりません!」

叫びが、空に響いた。

少しの沈黙。

ミリアとセリアーナが、顔を見合わせる。

「マッシュの町の……」

セリアーナが、静かに呟く。

「筋肉王……?」

ミリアも、同じ言葉を繰り返す。

聞き慣れない言葉。

だが、妙に重い。

ただの噂ではない。

何かがある。

そう感じさせる響きだった。

その時。

竹助が、一歩前に出る。

振り返らない。

ただ、前を見たまま言う。

「行けば分かる」

一拍。

「筋肉が教えてくれる」

セリアーナが、迷いなく頷く。

「そうですね!」

ミリアは、限界だった。

「いや、意味が分かりません!!」

その叫びが、道に響き渡った。

三人は、再び歩き出す。

向かう先は――

マッシュの町。

まだ見ぬ、“筋肉王”のいる場所へ。

風が、静かに吹いていた。

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