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第21話 筋肉は水晶越しに語る

 水晶は、静かだった。

 波紋もない。

 光の揺らぎすらない。

 ただ、そこに“映している”だけ。

 竹助内人を。

 立っている。

 それだけだ。

 だが――

 ポウサンは、わずかに違和感を覚えた。

(……違う)

 視線を凝らす。

 観測精度を上げる。

 魔力解析を重ねる。

 そして、気づく。

 あれは、ただ立っているのではない。

 “立たされているように見える”ほど、完成されている。

 背筋は自然に伸び。

 肩の力は、完全に抜けている。

 重心は、地面と一点で結ばれたかのように安定している。

 無駄が、ない。

 鍛え上げた者特有の威圧は、確かにある。

 だが。

 それを“見せよう”という意志が、一切存在しない。

「……何もしていないな」

 魔王オーマの低い声が、空間に落ちる。

 ポウサンは、わずかに喉を鳴らしながら答えた。

「はい……」

「魔力の流動、ゼロ」

「戦闘準備の兆候……確認できません」

 それが、異常だった。

 強者は、準備する。

 呼吸を整え。

 筋肉に力を通し。

 意識を戦闘へと切り替える。

 だが。

 水晶の中の男には、それがない。

 まるで。

 “すでに終わっている”かのように。

 魔王は、わずかに眉をひそめる。

(……完了している?)

 だが、すぐに否定する。

(違う)

 視線が、わずかに鋭くなる。

「……常在、だな」

 その言葉は、確信だった。

 竹助の筋肉は、戦う時だけ強いのではない。

 高める必要もなければ、整える必要もない。

 常に――

 最適状態。

「……筋肉が、日常になっている」

 ポウサンの喉が、乾いた音を立てる。

「そんな……」

「理論上、常時最大効率の筋肉など……」

 言葉が、途中で止まる。

 理論が。

 目の前で、否定されていた。

 魔王は、無意識に拳を握る。

 その瞬間。

 ピクリ。

 上腕が、反応した。

「……?」

 筋肉が、緊張する。

 だが、それは敵意ではない。

 恐怖でもない。

 “認識”だ。

(……比較している……)

 魔王は、理解する。

 自分の筋肉が。

 水晶の向こうにある筋肉を――

(……上位個体だと……)

 その事実は、静かに。

 だが確実に。

 魔王オーマの内側を、抉った。

「……馬鹿な」

 かつて。

 魔王は、魔法で世界を制した。

 知略で敵を屈服させた。

 力で、すべてをねじ伏せてきた。

 筋肉も、鍛えてきた。

 誰よりも。

 妥協なく。

 それなのに。

(私の筋肉が……)

(他を、上だと判断する……?)

 水晶の中で。

 竹助が、わずかに息を吐いた。

 それだけ。

 だが、その瞬間。

 背後で、魔族が崩れ落ちた。

「……っ」

「な、何だ今の……」

 誰にも理由は分からない。

 だが。

 魔王だけは、理解していた。

(……筋肉の呼吸……)

 力を込めてもいない。

 放ってもいない。

 ただ。

 世界と“合っている”呼吸。

 魔王の額に、汗が浮かぶ。

 初めてだった。

 重力十二倍でも。

 魔法暴走領域でも。

 一度も流れなかった汗。

 それが今。

 水晶越しに、流れている。

「……ポウサン」

 魔王は、視線を外さないまま言った。

「はい……!」

「今の私の筋肉は」

「どこまで到達している?」

 ポウサンは、言葉を選ぶ。

 慎重に。

 だが、誤魔化さずに。

「……魔王様の筋肉は」

「理論上……」

 一拍。

「この世界の、最終地点です」

 魔王は、静かに息を吐く。

「……そうか」

 再び、水晶を見る。

「ならば――」

 拳を、ゆっくりと握る。

「あれは、理論の外だ」

 その言葉に。

 迷いはなかった。

 魔王オーマは、笑った。

 それは、嘲笑ではない。

 余裕でもない。

 敗北を直視した者の、静かな笑みだった。

「……筋肉に、嫉妬する日が来るとはな」

 水晶の中の竹助は、変わらない。

 何もしていない。

 ただ、そこにいる。

 だが。

 魔王の筋肉は、はっきりと告げていた。

(……あそこまで行かなければ)

(私は、追いつけない)

 王としてではない。

 魔王としてでもない。

 “筋肉として”

 その夜。

 魔王城では。

 誰の命令でもなく。

 魔族たちが、筋トレを始めた。

 理由は、分からない。

 だが。

 全員の筋肉が、同じ方向を向いていた。

 ――水晶の向こうへ。

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