番外編 魔王軍参謀ポウサンの苦悩
魔王軍参謀ポウサンは、数字を信じてきた。
筋繊維の断面積。
負荷重量と回数の最適比。
回復に要する時間。
疲労曲線と超回復。
それらはすべて、積み上げられた理論の結晶だった。
世界は、計算できる。
少なくとも――筋肉は、そのはずだった。
「命じる」
魔王オーマの声は、いつもと変わらず静かだった。
だが、その一言が持つ重さは、尋常ではない。
「筋肉勇者・竹助内人に対抗し得る」
「筋トレメニューを、作れ」
それは命令であり、同時に試練だった。
魔王軍随一の頭脳。
そのすべてを賭けるに値する、課題。
ポウサンは、頷いた。
迷いはなかった。
――そのはずだった。
目標設定:竹助内人
その瞬間から、異常は始まっていた。
「……測定不能?」
筋量。
密度。
出力。
あらゆる指標が、沈黙する。
数値が出ない。
誤差ではない。
故障でもない。
“測れない”
ポウサンは、眉をひそめた。
「存在そのものが……イレギュラー……?」
だが、すぐに首を振る。
そんなはずはない。
理論は、必ず現実を説明する。
説明できない現象は、まだ式に落とし込めていないだけだ。
そう信じて。
ポウサンは、計算を始めた。
一日目。
高負荷・高回数の基本構成。
二日目。
部位ごとの分割、回復を加味した再配置。
三日目。
限界突破を前提とした、極限負荷。
魔族たちは、次々と倒れていった。
悲鳴を上げ、床に伏し、動かなくなる。
当然だ。
これは“限界”を越えるための理論。
越えられない者は、脱落するしかない。
だが。
魔王オーマだけは、立っていた。
「……良い」
その一言。
筋肉は、確かに応えている。
理論は、成立している。
計算は、間違っていない。
それでも。
ポウサンの思考の奥に、残り続ける影があった。
竹助内人。
「……違う」
無意識に、言葉が漏れる。
「同じ式では、ない……」
竹助の筋肉は、違う。
負荷に応じて成長しているのではない。
信じられている。
その感覚は、あまりにも曖昧で。
あまりにも非論理的だった。
ポウサンは、計算式を書き換える。
仮定を増やす。
例外を許容する。
未知の変数を、無理やり押し込む。
だが――
「……意味が、分からない」
机に、額を打ち付けるように突っ伏す。
それは。
魔王軍随一の天才が、初めて口にした“敗北の言葉”だった。
それでも。
ポウサンは、諦めなかった。
諦めることは、理論そのものを否定することになる。
それだけは、できない。
そして――
彼は、到達する。
理論として導き出せる、最適解。
極限負荷。
完全回復。
精神集中。
無駄の排除。
完璧だった。
これ以上は存在しない。
だが同時に。
理解していた。
――これでも、届かない。
その結論は、静かだった。
だが、揺るぎなかった。
ポウサンは、魔王の前に立つ。
「これが……」
一拍。
「私に考え得る、最高です」
魔王オーマは、静かに頷いた。
「十分だ」
その言葉に、嘘はなかった。
理論は、極まった。
ここから先は――
理論の領域ではない。
その夜。
ポウサンは、一人、静かに呟いた。
「……私は、間違っていなかった」
そして。
「だが――」
一拍。
「世界には、計算できない筋肉が、存在する」
それを認めた瞬間。
天才は。
初めて、“理解する側”に立った。




