番外編 筋肉は水中でも裏切らない
それは、ある穏やかな日のことだった。
「……というわけで、今日は休みです!」
セリアーナが、いつになく明るい声で宣言した。
場所は王都近郊にある、大規模な屋外プール施設。
澄んだ水面が陽光を反射し、きらきらと揺れている。
戦いが終わり、ようやく訪れた束の間の平穏。
その空気を味わうように、五人はそこに集まっていた。
フィオナは腕を組み、辺りを見渡す。
「……なるほど。ここが“ぷーる”か」
どこか警戒を解かない様子は、やはり騎士らしい。
シエルは軽く肩をすくめた。
「こんな開けた場所、逆に落ち着かないな……」
すでに逃走経路を確認しているあたり、らしい反応だ。
カイシンは穏やかに笑う。
「ほっほっほ。水場とは、なかなか趣があるのう」
そして――
竹助は、すでに準備運動を始めていた。
肩を回し、呼吸を整え、身体の状態を確かめる。
「……よし」
その様子を見て、セリアーナが固まる。
「……え?」
「勇者様、もう鍛えてるんですか?」
「水に入る前のウォームアップだ」
一拍。
「筋肉は、準備を怠らない」
「いや今は遊びに来たんですよね!?」
※
やがて、更衣室から三人が戻ってくる。
その瞬間、わずかに空気が変わった。
視線が、自然と集まる。
まず、シエル。
黒を基調としたシンプルなビキニ。
無駄な装飾を削ぎ落とした、機能性重視のデザイン。
腰には薄手のパレオを巻き、動くたびに軽く揺れる。
「……動きやすい」
それが、彼女のすべてだった。
次に、フィオナ。
深い青に金の縁取りが入ったビキニ。
どこか騎士の装飾を思わせる意匠。
安定感のある作りが、鍛え上げられた身体を支えている。
その立ち姿は、変わらない。
「問題ない」
短く、それだけ。
そして、セリアーナ。
淡い青の、控えめな水着。
柔らかな生地が身体に馴染み、自然なラインを描く。
華奢に見えるが、その内側には確かな積み重ねがある。
「……こ、これで大丈夫でしょうか……?」
少し不安げに問いかける。
シエルが軽く頷き、フィオナが静かに言った。
「問題ない」
その言葉は、見た目ではなく――中身を肯定していた。
※
竹助が、一歩前に出る。
嫌な予感が、全員を包む。
「よし」
一拍。
「水中トレーニングを行う」
沈黙。
「……は?」
シエルが素で聞き返す。
「水は負荷になる」
「関節への負担を抑えつつ、筋肉へ均等に刺激を与えられる」
一拍。
「理想的だ」
フィオナが頷く。
「……なるほど」
「いや納得しないでください!?」
※
そして――
数分後。
全員、水の中にいた。
「……いくぞ」
「スクワット」
水の抵抗。
普段とは違う重さ。
「……っ、きつい……!」
セリアーナの声が震える。
シエルが歯を食いしばる。
「……動きが……重い……!」
フィオナは静かに繰り返す。
「……効くな」
カイシンは楽しげに笑う。
「ほっほっほ!これは良い修行じゃ!」
※
その時。
「キレてる!!」
一瞬の静止。
そして――
「バリバリです!!」
「ナイスバルク!!」
「いい血管出てる!!」
合いの手が、連鎖する。
「でかいよ!!」
「仕上がってる!!」
「腹筋が板チョコ!!」
水しぶきが跳ねる。
笑い声が混ざる。
だが――
誰も止まらない。
止める理由が、ない。
※
やがて。
全員がプールサイドに倒れ込む。
「……もう無理……」
セリアーナが完全に力を失う。
シエルもぐったりと横になる。
「……遊びって……何だっけ……」
フィオナは空を見上げる。
「……良い鍛錬だった」
カイシンは満足げに頷く。
そして。
竹助が、静かに言った。
「……いい仕上がりだ」
全員、同時に思った。
(やっぱりこうなるのか……)
だが。
誰も、嫌ではなかった。
なぜなら――
筋肉は、裏切らないのだから。




