表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/42

第20話 筋肉は理を超える

 魔王城・最深部。

 そこは、もはや「訓練場」と呼べる場所ではなかった。

 空間そのものが、歪んでいる。

 床は黒曜石でできているはずなのに、踏みしめるたびにわずかに沈み、波打つ。

 空気は重く、呼吸をするだけで肺が軋む。

 入口には、一枚の札が立てられていた。

 ――筋肉現象発生区域

 冗談のようなその文言を、誰も笑えない。

 ここでは、それが事実だからだ。

 魔王オーマは、その中心に立っていた。

 ただ、立っているだけ。

 それだけで、周囲の空間が軋む。

 重力が揺れる。

 空気の密度が、不規則に変動する。

 だが、魔王は気にしない。

 静かに、呼吸を整える。

「……始めよう」

 低く、短い声。

 次の瞬間。

 魔王は、ゆっくりと腰を落とした。

 スクワット。

 だが、それは“ただの”動作ではない。

 参謀ボウサンが構築した、最新式負荷理論。

 《重力魔法多層負荷式・魔王用スクワット》

 通常の十二倍に引き上げられた重力。

 さらに、前後左右から同時に圧力が加わる多層干渉。

 筋繊維の破壊と再生を、限界まで最適化した魔力循環。

 理論上――

 三回で、常人は“存在ごと消える”。

「いーち……」

 魔王が、腰を落とす。

 ドゴン。

 黒曜石が陥没する。

「にー……」

 空気が爆ぜる。

 見えない圧力が、周囲を押し潰す。

「さー……」

 魔王の太腿が、膨れ上がる。

 ただの筋肉ではない。

 収縮するたび、まるで“別の生き物”のように蠢いていた。

 その光景を前に。

 周囲に控えていた魔族たちは、すでに限界に達していた。

「お、おかしい……」

「見ているだけで……身体が……!」

 一人が膝をつく。

 もう一人が、壁にもたれかかる。

 さらに数人が、言葉もなく崩れ落ちた。

「ま、魔王様……!」

「こ、これ……何セット目ですか……?」

 震える声。

 魔王は、表情一つ変えずに答える。

「ウォームアップだ」

 その瞬間。

 二人の魔族が、無言で倒れた。

 参謀ボウサンは、震える手で記録を取り続けていた。

「筋繊維反応……異常値」

「疲労物質……検出されず」

「回復速度……説明不能」

 紙に並ぶ数式が、意味を失っていく。

 積み上げてきた理論が、音もなく崩れていく。

(成立している……)

 ボウサンは歯を食いしばる。

(理論上は、完全に成立している……!)

 だが。

(なのに……)

 視線は、自然と水晶へ向かった。

 そこに映るのは――

 竹助内人。

 何もしていない。

 ただ、立っているだけ。

 腕を組み、静かに。

 呼吸も、気配も、すべてが“普通”。

 だが。

 ぞくり、と。

 ボウサンの背筋に、冷たいものが走る。

(……あれは……何だ……)

 数値化できない。

 理論に落とし込めない。

(筋肉が……概念になっている……)

 その瞬間だった。

 魔王オーマの胸が、わずかに疼いた。

「……?」

 スクワットの動作は止めないまま。

 意識だけを、自身の内側へ向ける。

(今のは……)

 筋肉が、反応している。

 疲労ではない。

 負荷でもない。

 “比較”だ。

 自分の筋肉が。

 水晶の向こうにいる男を――

(……“上”だと……?)

 わずかに。

 本当にわずかに。

 魔王の口元が歪む。

「……馬鹿な」

 呟きは、誰にも届かない。

 魔王は、さらに深く腰を落とす。

「……四」

 ドゴォンッ!!

 床が、完全に割れた。

 衝撃が、空間そのものを歪ませる。

 ボウサンは、ついにペンを落とした。

「……あり得ない……」

 理論は、ここで終わるはずだった。

 だが。

 終わっていない。

 むしろ――

 その先に、存在している。

 竹助内人という、例外が。

 魔王オーマは、ゆっくりと立ち上がる。

 呼吸は乱れていない。

 汗も、流れていない。

 だが、その瞳には。

 確かに宿っていた。

 嫉妬。

 魔王が、生まれて初めて抱いた感情。

 水晶の中の男は、こちらを見ていない。

 それでも。

 筋肉は、理解していた。

(……あそこまで行かなければならない)

 王としてではない。

 魔族としてでもない。

 “筋肉として”

 静かに。

 だが確実に。

 魔王は、拳を握る。

 魔王城の最深部で。

 運命の歯車が――

 軋むように、回り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ