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第19話 筋肉は本能を導く

――北部前線。

戦いは、終わっていた。

……そう言い切るには、あまりにも多くの“余熱”が、そこには残されていたが。

風が吹く。

乾いた風が、土と血の匂いを運びながら、ゆっくりと戦場を撫でていく。

抉れた大地。

砕けた防壁。

なぎ倒された木々。

ほんの少し前まで、ここが“生と死の境界”だったことを、嫌でも思い出させる光景。

だが――

音が、ない。

あれほど響いていた衝突音も。

咆哮も。

怒号も。

すべてが、嘘のように消えていた。

ただ一つ。

その中心だけが、まだ世界から切り離されたように、静かに存在している。

竹助は、そこに立っていた。

微動だにしない。

呼吸すら乱れていない。

ただ“立っている”という事実だけで、周囲の空気を支配している。

その腕の中。

獣王ケモーノ。

巨体は完全に脱力し、動かない。

嵐がすべてを出し切った後のような、静かな終わり方だった。

セリアーナが、小さく息を呑む。

「……終わった……んですか……?」

誰も答えない。

フィオナは剣を下ろしたまま動かず。

シエルは、細めた目でただ見ている。

トロール王は、静かにその場に立っていた。

その時だった。

カイシンが、ぽつりと呟く。

「……いや」

一拍。

「まだじゃな」

その言葉が落ちた、次の瞬間。

ピクリ。

ケモーノの指が、わずかに動いた。

「……!」

セリアーナの肩が跳ねる。

ゆっくりと。

本当にゆっくりと。

閉じられていた瞼が、持ち上がる。

現れた瞳は――

先ほどまでのそれとは、まるで違っていた。

怒りはない。

敵意もない。

ただ、深い静けさだけがそこにあった。

竹助は視線を落とす。

「……どうだ」

短い問い。

ケモーノはすぐには答えない。

荒れていた呼吸を、ゆっくりと整えていく。

やがて。

「……温かいな」

セリアーナが瞬きをする。

「え……?」

「これが……筋肉か」

どこか納得したような声音だった。

竹助は何も言わない。

やがてケモーノは、自分の足で地に立つ。

だが――

ぐらり、と揺れる。

その瞬間。

トロール王が一歩前に出た。

無言で支える。

ケモーノはわずかに目を見開き、そして頷く。

「……助かる」

騎士が呟く。

「……今の……」

冒険者が言う。

「礼……言ったのか……?」

ケモーノは竹助を見る。

「……強いな」

一拍。

首を振る。

「違う」

「正しい」

拳を見つめる。

「私は……本能だけで、ここまで来た」

「それが、誇りだった」

だが――

「足りなかった」

顔を上げる。

「積み重ねが」

「鍛錬が」

「……覚悟が」

静かに言う。

「私は、まだ足りぬ」

竹助は頷く。

ケモーノは振り返る。

「……退く」

騎士たちがざわめく。

「戦う理由が、消えた」

「否定する必要が、なくなった」

その言葉は、戦場そのものを終わらせた。

カイシンが口を開く。

「……一つ、聞いてよいかのう」

「なんだ」

「魔王はどう思っておる?」

ケモーノは少しだけ考える。

「……魔王は」

一拍。

「お前と同じだ」

「だが――違う」

「奴は、積み重ねた」

「理で」

「すべてを」

「本能では、届かぬ」

一拍。

「だが――」

竹助を見る。

「お前なら、届くかもしれぬな」

風が吹く。

ケモーノは背を向ける。

「行くぞ」

獣王軍団が、去っていく。

誰も止めない。

戦いは、終わった。

――数日後。ロウゼル冒険者ギルド。

昼下がり。

いつも通りの喧騒。

だが中央だけは静かだった。

リーナが報告書を手にしている。

「えー……北部戦線の結果報告です」

ガルドが腕を組む。

「読め」

「……読みます」

「被害――ほぼなし」

ざわっ。

「獣王軍団――撤退」

「トロール軍団――友好関係継続」

ざわざわ……

「……戦果」

「友情」

沈黙。

「……えぇ」

ガルドが呟く。

「……分からぬ」

一拍。

「だが」

「筋肉だ」

「なんで納得してるんですか!?」

セリアーナが頭を抱える。

「もうツッコミ疲れました……」

シエル

「……慣れろ」

フィオナ

「……正しい報告だ」

「正しいんですかこれ!?」

カイシン

「うむ」

一拍。

「筋肉じゃな」

「もういいです!!」

その奥。

竹助は静かに腕を組む。

そして言う。

「筋肉は」

一拍。

「裏切らない」

誰も、否定できなかった。

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