第18話 筋肉はすべてを受け止める
――魔王城・地下訓練場。
重たい鉄が、床に叩きつけられる。
ドンッ。
ドンッ。
規則正しい音。
だが、その一つ一つが常識を超えた重量だった。
*
参謀ボウサンが構築した、理論最適の筋トレメニュー。
高負荷。
高回数。
回復時間すら計算された、容赦のない鍛錬。
*
「む、無理です……!」
「魔王様、これは拷問では……!」
魔族たちが悲鳴を上げ、次々と倒れていく。
*
だが――
*
魔王オーマは、止まらない。
*
ただ持ち上げる。
ただ下ろす。
ただ積み重ねる。
*
筋肉が、応えている。
*
その時。
魔王の動きが、止まった。
*
「……感じる」
胸に手を当てる。
*
「二つの、巨大な筋肉が――衝突している」
*
一つは、間違いない。
筋肉勇者――竹助内人。
*
では、もう一つは。
*
魔王の筋肉が、わずかに震える。
*
「……あぁ」
*
「お前か」
*
かつての好敵手。
野性の王。
*
「……生きていたか、ケモーノ」
*
魔王は静かに鉄を置いた。
*
――戦場。
*
ドォォォォン!!!!
*
大地が裂ける。
空気が爆ぜる。
*
拳と拳がぶつかるたびに――
衝撃波が周囲すべてを吹き飛ばす。
*
木々がなぎ倒される。
地面が抉れる。
兵が宙を舞う。
*
「伏せろぉぉ!!」
騎士が叫ぶ。
*
だが、遅い。
*
戦いは――もはや災害だった。
*
中心。
*
竹助と、獣王ケモーノ。
*
技ではない。
型でもない。
*
筋肉そのものの、ぶつかり合い。
*
ドンッ!!
ドゴォンッ!!
*
一撃ごとに、世界が歪む。
*
ケモーノの拳が叩き込まれる。
*
ドォン!!!!
*
竹助の足が、わずかに沈む。
*
ケモーノの目が見開く。
(効いた……!?)
*
だが――
*
竹助は止まらない。
*
「……いい一撃だ」
*
一歩。
*
踏み込む。
*
ドォン!!!!
*
今度はケモーノが押される。
*
互角。
完全な、互角。
*
その時。
*
「無事か!!」
*
フィオナが駆け込んでくる。
鎧は砕け、血と砂にまみれている。
それでも、その目は折れていない。
*
「団長!」
騎士たちが声を上げる。
*
別方向から――
*
「……遅れた」
*
シエル。
*
騎士と冒険者に支えられている。
*
「おい、無理するな!」
*
「……うるさい」
*
手を振り払う。
よろめく。
*
だが――
*
自分の足で、立つ。
*
「まだ……終わってない」
*
その目は、戦場を捉えていた。
*
さらに。
*
ズンッ。
*
重い足音。
*
トロール王。
*
全身傷だらけ。
血に濡れた拳。
*
それでも、前に出る。
*
竹助の背後に立つ。
*
守るように。
*
騎士が呟く。
「……まだ、立つのか……」
*
トロール王は答えない。
*
ただ、立つ。
*
そして――
*
その少し後ろ。
*
白いローブの老人。
*
カイシン。
*
「……ほっほっほ」
*
静かに戦場を見渡す。
*
騎士が息を呑む。
「大賢者様……!」
*
その瞬間。
*
ドォォォン!!!!
*
衝撃波。
*
地面が裂ける。
*
「伏せろ!!」
*
だが、間に合わない。
*
その時。
*
カイシンが、杖を軽く振る。
*
――展開。
*
透明な壁。
いや。
“式”そのもの。
*
ドンッ!!!!
*
衝撃がぶつかる。
*
だが――
*
止まる。
*
騎士が呆然と呟く。
「防いだ……?」
*
カイシンが静かに言う。
「余波だけでこれか」
*
一拍。
*
「中に入るのは……やめておくかのう」
*
シエル
「……珍しい」
*
カイシン
「うむ」
*
「死ぬからのう」
*
セリアーナ
「軽く言わないでください!!」
*
だが、カイシンは理解していた。
*
(あれは――理ではない)
*
(筋肉じゃ)
*
戦場は、整う。
*
人間。
トロール。
冒険者。
*
誰も指示していない。
*
だが、全員が理解している。
*
――ここを支える。
*
筋肉が。
意思を超えて。
種族を超えて。
一つに繋がる。
*
――筋肉連携。
*
中心。
*
ケモーノが吼える。
*
「……筋肉に、勝てれば」
*
拳を振り下ろす。
*
ドォン!!!!
*
「もう、何もいらぬ!!」
*
その一撃には。
敗北。
誇り。
劣等感。
すべてが込められていた。
*
「筋肉を――」
「全て、否定する!!」
*
竹助は、それを受け止める。
*
「……これまで感じた、どの筋肉よりも強い」
*
拳を交える。
体をぶつける。
*
筋肉と筋肉が、語り合う。
*
「俺の筋肉が、歓喜している」
*
静かに言う。
*
「感謝する」
*
「お前のおかげで――」
「俺の筋肉は、より真理に近づける」
*
だが――
*
ケモーノの身体に、異変。
*
筋繊維が裂ける。
関節が軋む。
呼吸が乱れる。
*
それは攻撃ではない。
*
“触れているだけで壊れていく”。
*
鍛えられた筋肉に。
*
野性の筋肉が、耐えられない。
*
それでも。
*
ケモーノは止まらない。
*
「否定する……!」
「否定、するのだ……!!」
*
自分の敗北を。
過去を。
限界を。
すべてを。
*
竹助は、理解する。
*
ケモーノが止まる。
*
大きく息を吸う。
*
「……これで、最後だ」
*
全てを束ねる。
*
「受けろ……!」
*
「獣王ケモーノの、全てだ!!」
*
セリアーナ
「避けてください!!」
*
だが。
*
竹助は、動かない。
*
一歩、前へ。
*
腕を広げる。
*
「……いいだろう」
*
「お前の、その想い」
*
一拍。
*
「俺の――ありったけの筋肉で、応えよう」
*
衝突。
*
――否。
*
受容。
*
すべてを受け止める。
*
そして――
*
優しく、抱き締めた。
*
衝撃はない。
破壊もない。
*
ただ。
*
筋肉が、包み込む。
*
ケモーノの力が抜ける。
*
「……あぁ……」
*
穏やかな声。
*
「……否定、せずとも……」
「よかった、のか……」
*
竹助は、何も言わない。
*
ただ、抱き締める。
*
トロール王が見ている。
フィオナが剣を下ろす。
シエルが目を閉じる。
セリアーナが涙を拭う。
カイシンが静かに頷く。
*
野性は――
敗れたのではない。
*
受け入れられた。
*
ケモーノの意識が、静かに落ちる。
*
その表情は――
安らいでいた。
*
――遠く。
魔王城。
*
魔王オーマは、目を閉じる。
*
「……終わったな、ケモーノ」
*
筋肉が、静かに弔意を示した。
*
戦場に、風が吹く。
*
筋肉は、争いを生み。
*
そして――
*
理解へと至る。




