第16話 筋肉は理をねじ伏せる
北部前線――中央。
そこは、他の戦場とは明らかに異質だった。
爆音が鳴る。
だが、すぐに消える。
敵の魔法が放たれる。
だが――途中で霧散する。
まるで“世界そのものが拒絶している”かのように。
*
「な、なんだこれは……!?」
冒険者が叫ぶ。
「敵の魔法が……成立しない!?」
*
騎士が動揺する。
「何が起きているんだ……!?」
*
異常。
明らかに異常な戦場。
*
だが――
その中心に立つ男を見て。
誰もが、ある意味で納得していた。
*
白いローブ。
長い白髪。
穏やかな瞳。
*
カイシン。
*
王国最強の魔導士。
大賢者。
*
「……カイシン様がいるなら、当然か……」
騎士が呟く。
*
「だが……これは……」
冒険者が言葉を失う。
*
知っている。
この男が“すごい”ことは。
だが――
(そんなレベルじゃない……)
(“理解できる範囲”を超えてる……)
*
その前に立つのは――
獣王軍幹部。
*
「我は、獣王軍幹部――ラグゼル」
低く、重い声。
*
その身体は異質だった。
筋肉に、魔力が絡みついている。
ただ強いだけではない。
“練られた強さ”。
*
ラグゼルは、すでに気づいていた。
(この男……ただの魔導士ではない)
*
だが。
退く理由にはならない。
*
「理で戦う者よ」
ラグゼルが笑う。
「本能を超えられるか?」
*
カイシンは、首をかしげた。
「……一応、試してみるかのう」
*
軽い。
あまりにも軽い。
*
ラグゼルの目が細くなる。
(……舐めている)
*
次の瞬間。
魔法陣が展開される。
*
一つではない。
二つでもない。
*
五。
八。
*
さらに増える。
*
複雑に絡み合う、多重構築。
しかも――
すべてが“完成形”。
*
騎士が息を呑む。
「……あれは……」
*
冒険者が震える。
「同時展開……しかもあの精度……!」
*
通常、一つで限界。
それを――
同時に。
しかも完璧に制御。
*
カイシンが、静かに呟く。
「……あのレベルの魔法はな」
一拍。
「数種類しか扱えぬ」
*
冒険者
「え……?」
*
カイシンは頷く。
「あの者――やりよる」
*
騎士が驚く。
「カイシン様が、評価している……!?」
*
ラグゼルが笑う。
「理解できるか」
*
次の瞬間。
魔法が解き放たれる。
炎。
雷。
氷。
風。
すべて同時。
しかも――
連鎖。
重なり。
逃げ場は、完全に消える。
*
だが――
*
消えた。
*
「……は?」
*
何も起きない。
ただ、消えた。
“最初から存在しなかったかのように”。
*
カイシンが、指を軽く動かす。
「式が粗い」
*
ラグゼルの目が見開く。
「何……!?」
*
(干渉された……?)
(いや、違う――)
(“解体された”……!?)
*
再び展開。
今度はさらに精密。
さらに高速。
今度は、崩れない。
――はずだった。
*
だが。
*
カイシンが、一歩踏み出す。
*
その瞬間。
空間が“ずれた”。
*
魔法陣が――
“存在ごと崩壊する”。
*
「なっ……!?」
*
騎士が呟く。
「触れて……いない……」
*
冒険者が震える。
「干渉じゃない……」
一拍。
「……支配してる……」
*
カイシンは、穏やかに語る。
「魔法とはな」
「理じゃ」
*
一歩。
*
「構築し」
*
もう一歩。
*
「成立させ」
*
さらに一歩。
*
「発動する」
*
そして――
*
「その全てを理解すれば」
*
指を鳴らす。
*
「壊せる」
*
ドンッ。
*
目に見えない衝撃。
*
ラグゼルの身体が吹き飛ぶ。
*
地面を転がる。
*
立ち上がる。
だが――
震えている。
*
「……ありえん……」
*
その声には、明確な恐怖が混ざっていた。
*
ラグゼルは強い。
間違いなく、幹部として完成された存在。
*
だが――
*
「桁が……違う……」
誰かが呟く。
*
カイシンは、首をかしげる。
「そうかのう?」
*
一拍。
*
「単純な話じゃ」
*
さらに一歩。
*
「分かればいい」
*
ラグゼルが叫ぶ。
「分かるか!!」
*
カイシン
「分からぬか」
一拍。
「では仕方ない」
*
ゆっくりと手を上げる。
*
空間に、魔法陣が浮かぶ。
*
一つ。
二つ。
三つ。
*
十。
二十。
三十。
*
さらに。
増える。
止まらない。
*
騎士が後ずさる。
「……多すぎる……」
*
冒険者が呟く。
「数だけじゃない……」
一拍。
「……“質”も違う……」
*
カイシンは、穏やかに言う。
「参考までに」
*
全てが、同時に発動する。
*
光。
音。
衝撃。
*
そして――
静寂。
*
ラグゼルは、立っていなかった。
*
沈黙。
*
騎士が、呟く。
「……終わった……」
*
冒険者が震える声で言う。
「……これが……大賢者……」
*
だが。
誰もが思っていた。
*
(違う)
*
(こんなの……聞いてない)
*
(想像を……超えてる)
*
カイシンは、少しだけ考えた。
*
「……ふむ」
*
一拍。
*
「今のは、筋肉ではないのう」
*
沈黙。
*
騎士
「え?」
*
カイシンは頷く。
「純粋に理論じゃ」
*
さらに一拍。
*
「……分からぬが」
*
冒険者
「分からないんですか!?」
*
カイシンは、穏やかに笑った。
*
「分からぬな」
*
だが――
その場の誰もが理解していた。
*
この男は。
*
“理そのもの”であると。




