第15話 筋肉は誇りを支える
北部前線――右翼。
そこは、戦場の中でも最も激しい“正面衝突”が起きている地点だった。
盾と盾がぶつかり合う。
剣が軋み、火花が散る。
怒号と悲鳴が混ざり合い、空気を震わせる。
一歩でも退けば――崩れる。
この戦線は、退けない。
*
「隊列を崩すな!!」
「前へ出るな!受けろ!!」
騎士団の怒号が響く。
盾が並ぶ。
剣が交差する。
歯を食いしばり、踏みとどまる。
ここは、防ぐ場所だ。
*
その最前線に――
フィオナは立っていた。
*
白銀の鎧。
すでに血と砂に汚れている。
それでも。
その姿勢は、一切揺らがない。
*
「……ここは通さない」
低く、静かな声。
だが、その一言だけで。
戦線が、わずかに安定する。
*
ズン……
空気が沈む。
*
「……来る」
フィオナが呟く。
その声に、迷いはない。
*
カツン。
*
軽い足音。
この戦場には似つかわしくない、静かな音。
だが――
それが、最も危険だった。
*
気づいた時には。
――“そこにいた”。
*
長身。
しなやかな筋肉。
獣のような鋭い瞳。
獣王軍幹部――ヴァルグ。
*
ヴァルグが、楽しそうに口を開く。
「また会ったな」
*
フィオナは剣を構える。
一切の隙なく。
「……お前か」
*
ヴァルグが、わずかに笑う。
「俺は――」
一拍。
「速さで狩る」
*
空気が、歪む。
*
騎士たちが息を呑む。
「幹部……!?」
*
ヴァルグが、一歩踏み出す。
そして――
消えた。
*
ザンッ。
*
血が舞う。
騎士が一人、崩れ落ちる。
*
「速すぎる……!」
*
次の瞬間。
もう一人。
斬られる。
*
隊列が、揺らぐ。
*
フィオナが、一歩前に出る。
「下がれ!!」
*
その一言で。
騎士たちは即座に引いた。
迷いなく。
*
ヴァルグが笑う。
「判断は悪くねぇ」
*
視線が、交わる。
*
フィオナ
「王国騎士団」
一拍。
「フィオナ・レイグラント」
*
ヴァルグ
「……いい目だ」
「獣王軍幹部ヴァルグ」
*
次の瞬間。
消える。
*
キィンッ!!
*
フィオナが、受け止める。
火花が散る。
衝撃が腕を伝う。
*
「……速いな」
*
ヴァルグが笑う。
「だろ?」
*
連撃。
*
一撃。
二撃。
三撃。
*
さらに。
四。
五。
六。
*
斬撃の嵐。
常人なら、認識すらできない速度。
*
だが――
フィオナは、すべて受ける。
*
キィン!!
ガキン!!
ギィン!!
*
火花が連続して散る。
衝撃が、地面を削る。
*
だが。
足が――わずかに下がる。
*
騎士
「押されてる……!」
*
フィオナの呼吸が、荒くなる。
(速い)
(重い)
(だが――)
*
踏み込む。
*
剣を振る。
*
ガキンッ!!
*
ヴァルグが受ける。
その目が、わずかに細くなる。
*
「やるな」
*
フィオナは止まらない。
*
踏み込む。
斬る。
受ける。
斬る。
*
真正面。
ただそれだけ。
*
騎士
「団長……!」
*
フィオナの目は、揺れない。
*
「退かない」
一拍。
「それが、騎士だ」
*
ヴァルグの口角が上がる。
「いいね」
*
その瞬間。
さらに加速。
*
“見えない”領域。
*
騎士たちの視界から、完全に消える。
*
だが――
*
フィオナは、動かない。
*
剣を構える。
呼吸を整える。
心を、沈める。
*
「来い」
*
一瞬。
気配が――右。
*
(そこだ)
*
踏み込む。
*
ドンッ!!
*
カウンター。
*
ヴァルグの身体が、わずかに揺れる。
*
「……っ!?」
*
フィオナは、その隙を逃さない。
*
さらに一歩。
踏み込む。
*
「守るために――」
*
剣を振り上げる。
全身の力を乗せる。
*
「退かない!!」
*
ドォンッ!!!!
*
直撃。
*
ヴァルグの身体が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
砂煙が上がる。
*
静寂。
*
やがて。
ゆっくりと、起き上がる。
だが――
*
足が、動かない。
*
「……はは」
小さく笑う。
*
「速さだけじゃ……足りねぇか」
*
フィオナは剣を向けたまま。
*
一歩も引かない。
*
ヴァルグは、その姿を見る。
*
そして――
ゆっくりと、膝をついた。
*
ドサッ。
*
倒れる。
*
動かない。
*
沈黙。
*
騎士たちが、息を吐く。
*
「……倒した……」
*
フィオナは、剣を下ろさない。
視線は前。
戦場の先を見ている。
*
「まだ終わっていない」
*
一拍。
*
「次に備えろ」
*
その背中は――
誰よりも強く。
誰よりも揺るがなかった。




