第12話 筋肉は獣を迎え撃つ
王都より北。
広大な平原の一角に――
急造の防衛拠点が築かれていた。
木材を組み上げたバリケード。
土嚢で固められた防壁。
即席の見張り台には、常に人影がある。
風が強い。
乾いた砂が舞い上がり、視界を曇らせる。
空は広い。
だが、その広さが――逆に不安を煽る。
ここはもう、日常ではない。
戦場の“手前”。
戦争の“入口”。
*
「資材もっと持ってこい!!」
「杭を深く打て!浅いと一瞬で持っていかれるぞ!!」
怒号が飛び交う。
冒険者。
王国騎士団。
そして――
トロール。
巨体の彼らが、黙々と資材を運び、防壁を築いている。
その腕は太く。
その動きは重い。
だが――確実だった。
人間よりも速く、そして正確に。
その光景は、どこか異様だった。
つい数日前まで、敵だった存在。
それが今は――同じ方向を向いている。
*
セリアーナは、その様子を見つめながら、小さく呟いた。
「……なんだか、変な感じですね」
一拍。
「トロールと一緒に、戦うなんて……」
フィオナは、即答した。
「もう味方だ」
短く。
だが、揺るがない声。
「ここで止める。それだけだ」
迷いはない。
決意だけが、そこにあった。
*
拠点中央。
簡易机の上に広げられた地図を囲み、数人が集まっていた。
フィオナ。
カイシン。
シエル。
セリアーナ。
そして竹助。
カイシンが顎に手を当てる。
「問題は進軍ルートじゃな」
「獣王軍の数はトロールの比ではない。それにスピードもある」
シエルが地図を指でなぞる。
「最短ならこのルート」
「でも、本能で動くなら変則もありえる」
フィオナが頷く。
「全てを防ぐなら――」
一拍。
「戦力を分散するしかない」
カイシン
「うむ。各防衛拠点に戦力を振り分けるしかあるまい」
セリアーナが不安げに言う。
「でも、それって……一つ一つが薄くなりませんか?」
フィオナ
「なる」
即答。
「だからこそ――ここが正念場だ」
*
その時だった。
竹助が、ゆっくりと顔を上げる。
「……何か来る」
空気が変わる。
フィオナ
「何がだ?」
竹助は、わずかに目を細めた。
「分からない」
一拍。
「だが、来る」
シエルが舌打ちする。
「……最悪」
*
カツン。
小さな足音。
*
誰も、気づいていなかった。
*
「へぇ」
背後から、声。
*
全員が振り向く。
そこに――
男が立っていた。
*
長身。
しなやかな筋肉。
無駄のない肉体。
そして。
獣のような、鋭い瞳。
ただ立っているだけで――
空気が歪む。
*
「準備してるじゃねぇか」
軽い口調。
だが――その一言で、場の温度が下がる。
*
フィオナが剣に手をかける。
「いつ入った」
男は肩をすくめる。
「さぁな」
一拍。
「気づけなかっただけじゃないか?」
*
シエルが一歩前に出る。
目が細くなる。
「……かなりの速さだ」
カイシン
「ただ者ではないのう」
*
男は、ゆっくりと名乗る。
「ヴァルグ」
「獣王軍幹部だ」
*
ざわっ――
周囲の空気が一段階、重くなる。
*
ヴァルグは、拠点を見回す。
「人間、騎士、トロール……」
「寄せ集めにしちゃ、悪くねぇな」
*
シエルがナイフを構える。
「見物だけで帰すと思う?」
ヴァルグは、笑った。
「試してみろよ」
*
次の瞬間。
消えた。
*
「来るぞ!!」
フィオナの声。
*
ガキンッ!!
火花。
フィオナが剣で受け止めていた。
「……速い!」
*
シエルが横から入り込む。
ナイフが閃く。
「動きは読める」
ヴァルグが紙一重で避ける。
「いいね」
「人間にしてはやる」
*
三者の高速戦。
視線が追いつかない。
だが――
“対応できている”
*
セリアーナ
「追えてる……!」
カイシン
「うむ、十分じゃな」
*
その時。
ドンッ。
空気が震えた。
*
竹助。
すでに間合い。
*
ヴァルグの動きが止まる。
ほんの一瞬。
*
「……なるほど」
後ろへ跳ぶ。
距離を取る。
*
「あんたが本命か」
竹助
「問題ない」
*
ヴァルグは笑う。
だが、その目は冷たい。
「確認は終わりだ」
一拍。
「勝てない相手じゃない」
「だが――面倒だ」
*
フィオナ
「何を企んでいる」
*
ヴァルグは、背を向ける。
「もう来てるぞ」
*
その言葉と同時に――
ゴゴゴゴゴ……
地鳴り。
大地が、震える。
*
全員が、顔を上げる。
*
地平線。
その先に――
影。
*
いや。
軍勢。
*
獣王軍団。
圧倒的な数。
圧倒的な質量。
空気が、重く沈む。
呼吸が、浅くなる。
*
その中央。
ひときわ巨大な影。
*
獣王。
*
セリアーナ
「……来た……」
フィオナ
「総員、配置につけ!!」
*
騎士団が整列する。
剣を抜く。
*
冒険者たちが武器を構える。
*
トロールたちが前へ出る。
壁のように。
*
そして――
竹助が、一歩前に出た。
*
風が吹く。
砂が舞う。
*
両軍。
対峙。
*
誰も動かない。
風だけが、吹き抜ける。
砂が舞い、視界が揺れる。
その静寂は――嵐の前触れだった。
*
セリアーナが、小さく息を飲む。
「……来ますね」
その声は、かすかに震えていた。
*
フィオナが前を見たまま言う。
「ああ」
短く。
だが、その一言には覚悟があった。
*
シエルが、肩を回す。
「数、多すぎ」
一拍。
「……分かれる」
*
カイシンが頷く。
「じゃな」
「この数を一箇所で受けるのは無理じゃ」
*
セリアーナの表情が、わずかに曇る。
「……別行動、ですか」
*
沈黙。
*
竹助が言う。
「問題ない」
一拍。
「すぐ終わる」
*
セリアーナが思わずツッコむ。
「それ、全然安心できません!」
だが。
少しだけ、笑っていた。
*
フィオナが振り向く。
セリアーナを見る。
「無理はするな」
「危なくなったら、すぐ下がれ」
*
セリアーナは一歩前に出る。
「フィオナさんこそです!」
「絶対、無茶しないでください!」
*
フィオナは、ほんの一瞬だけ驚き――
そして、小さく笑った。
「……ああ」
「約束する」
*
シエルが横から口を挟む。
「……自分の心配しな」
*
セリアーナ
「シエルさんもです!」
*
シエルは、ふっと視線を逸らす。
「私は死なない」
一拍。
「……たぶん」
*
セリアーナ
「“たぶん”やめてください!!」
*
カイシンが笑う。
「ほっほっほ」
「まあ、なんとかなるじゃろ」
*
セリアーナ
「軽すぎません!?」
*
その時。
ドンッ。
地面が、揺れた。
*
獣王軍が――動く。
*
フィオナ
「来るぞ!!」
*
全員の空気が、一瞬で変わる。
*
竹助が、一歩前に出る。
「行くぞ」
*
セリアーナが、強く頷く。
「はい!」
*
フィオナが剣を構える。
シエルがナイフを逆手に持つ。
カイシンが杖を軽く回す。
*
それぞれが、それぞれの戦場へ。
*
風が吹く。
*
戦いは――
すぐそこまで来ている。




