25 衆の中にあって一際目立つ容姿の少女だった
梅木響也は半年に及ぶ海外出張から帰国してきた。
空港から夜の道路を愛車のアウディで走って、ようやく実家に帰ってきたのだ。
彼の実家はこの地方では知られた旧家で、その上この県の経済を支える中堅企業をも経営して居る裕福な家だ。
彼はその梅木家の総領の息子で、今だ二十代にも関わらず経営する企業の営業部門の敏腕のエリートと評せられて居る。
容姿端麗、頭脳明晰、大学在籍時から幾多の女性と浮き名を流して居たが、今だ独身だ。
響也の乗る車はやがて、広い敷地に荘厳な屋敷の門の前に到着する。
すると重々しい門が開いて、そこから屋敷内に響也の運転するアウディを乗り入れると、家令と思しき人物が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ響也様」
家令は響也に慇懃に礼をする。
「親父殿は起きてるか?」
「はい、総領様は響也様のお帰りをお待ちされて居ます。」
「それじゃ親父殿に会って、今回の仕事の報告をしとくか」
そう言って響也は、家令を引き連れ荘厳な屋敷の廊下を奥に進んで行った。
屋敷奥の座敷で伏せって居る、五十代後半と思しき人物に、響也は座礼をする。
「うむ、響也戻ったか、それでどうなった取引は」
「はい、台湾とアメリカの半導体メーカーに半導体材料の納入契約に成功しました」
「ほう、あの条件で納入契約が出来たのか…よく先方を納得させたものだな」
そう言って親父殿と呼ばれた男は笑った。
「ところで響也よ、ワシはこの通り病床の身じゃ、ソロソロ家督を継がぬか?」
「またその話しですか?俺としてはもう少し気楽な立場で居たいのですがね…それに俺は未だ独身ですから、梅木家の総領の条件に合いませんが」
「何、嫁くらいいくらでも良い所の娘と娶せてやるぞ、それともお前が嫁にしたいという娘でも居るのか」
「いやぁ全然、でも自分の嫁くらい自分で探しますよ」
「どの道ワシは後三年で六十だ、そうなれば否応無くお前が梅木家の家督を継ぐ事になるが、それまでに嫁をもらい出来れば世継ぎの子供でも居れば執着なのだがな」
「まあ…努力はします」
梅木家総領にして父親である男との会見を終え、ヤレヤレと言った顔で響也は廊下を歩いて居ると。
廊下の向こうから足早に、頭をブリーチした若い男がやって来る。
「響也兄さん帰って来てたんだ、お帰り」
「ああ、ただいま弘也…うん?」
ブリーチ頭が響也の眼前にまで来ると、顔が以前と少し変わっているのに気付く。
「弘也、お前の鼻少し曲ってないか?」
響也がそう言うと、弘也と呼ばれたブリーチ頭の男は、手で鼻を隠す様にしながら言う。
「ああ、この鼻に付いて…こんなにしゃがった奴に付いて、ちょっと兄さんに相談したい事があるんだ」
ブリーチ頭が憎々しげに言うのを見て、響也は眉根を寄せる。
「何だ、また厄介事じゃ無いだろうな」
「いやそれは…と、兎に角俺の話しを聞いてくれよ」
ブリーチ頭が言い募るので、響也はまたかと云う感じに肩を竦ませ溜息を吐く。
「わかった、兎に角お前の部屋で話しを聞こう」
そう言うと響也は、ブリーチ頭の弟を伴い屋敷の離れに向かった。
小一時間後に、本屋敷の中にある自分の部屋に響也は戻って来る。
彼の部屋は意外とシンプルで、ベッドに仕事机それてクローゼットなど必要な物のみが備えてある…ある一点を除いて。
そこには100インチの巨大なテレビとAV機器、それと壁一面の棚に大量に収められた古い映画のDVDが有った。
響也は帰るなりソファーに身を投げ出すと、同時にケータイを出して何処かに電話を架ける。
「やあ、響也だけど今いいかな」
「これは総領の坊っちゃん、何かご用意ですか?」
相手が電話に出るなり坊っちゃん呼ばわりされた事に、響也は苦笑する。
「いい加減俺を坊っちゃん呼ばわりするのを辞めて欲しいものだなぁ…それよりちょっと調べて欲しい事があるんだ」
「ほう、我々調査部に直に依頼ですか?」
「ああ、あんまり大事にしたく無いので、出来るだけ内密にして欲しいんだが」
「わかりました、それで調査内容は…」
「弟が通ってる高校に小鳥遊真琴と言う女生徒が居るのだが、その女生徒に付いて出来るだけ詳細な情報が欲しいんだ」
「分かりました…一週間ほど頂ければ報告書を提出出来ると思われます」
「うん、頼むよ」
そう言って響也は電話を切り、ネクタイを緩めて一息つく。
「どうせ弘也の事だから、非は弘也にあるのだろうが…それでも我が家に瑕疵をつけたのは戴け無いな」
響也は一人語ちた。
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十日後…響也は愛車のアウディに乗りながら、学校の校門が良く見える所に止めて、目的の人物が校門を出て来るのを待って居た。
響也は昨夜パソコンに、メールで報告書が送られて来た時を思い出す。
フアイルの冒頭にこんな一文が添付されて居た。
『予定より報告が遅れた事をお詫びします、報告が遅れた原因は調べた内容が、非常に不可解でチグハグに思えたため、裏取りに時間が掛かったためです、その上一部情報には公的機関のブロックまで掛かって居ました、ですが情報の内容についての確定値は非常に高いと確信しています、それがどれ程信じ難い物でも』
(確かに俄には信じ難い内容だったが…家の調査部の情報に間違いは無いはずだ)
響也はそう思いながら、学校の授業が終わって生徒達が、校門から出て来るのを待って居た。
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、程なく沢山の学生達が、校門から吐き出されて来た。
響也はその沢山の学生達に紛れて、目的の人物を見落とさ無い様にして居たが。
目的の人物は、学生に紛れて見落とすどころか、衆の中にあって一際目立つ容姿の少女だった。
黒く長い髪をハーフアップにして後に垂らし、目鼻立ちは際立っていて人目を引く美少女だ。
胸がやや薄い意外肢体も魅力的で、正直響也が今まで関係を持った女性の中でも、トップクラスの女だと思った。
「あんな娘が…」
響也は一人語ちると、車を発進させた。
その少女の横に車を並走させて、彼女に声をかける。
「君…小鳥遊真琴さんかい?」
少女は響也に見向きもせず足早に歩く。
「ちょっと君に話が有るんだけど…」
少女は無視を決め込んだらしく、ただ真っ直ぐ前を見て歩いて行く。
「君のバイトの『Pメイド純喫茶』の時間までには掛から無いからさ、ちょっと話をさせて欲しいんだが」
響也がバイト先の名を出した時、少女の肩が微妙に揺れたが…飽くまで無視を決め込んで行く様だ。
そこで響也は切り札を切る事にした。
「君…三年前は男の子だったんだって」
そこで初めて少女は立ち止まり、響也を見る…まるで親の仇でも見る様な形相で…。




