三十六話 記憶違い
芽凛衣が、あの幼馴染の妹。母さんからその話を聞いて、俺は強い違和感を感じた。だってあの子は一人っ子だったはずだ。
少なくとも、あの子の家に遊びに行ったときに妹と会った記憶はない。そんな気配もなかった。
もしかして、芽凛衣は物事の整合性を持たせるために、妹がいたという設定を作ったというのか?
想定外の話に、俺はただ黙って頷くことしかできなかった。そんな俺に母さんは首を傾げるものの、すぐに芽凛衣を見た。
「さて、私たちはご飯の用意をしておくから、若い二人は上でゆっくりしてらっしゃい」
そう母さんに促され、芽凛衣と二人で俺の部屋に向かう。荷物を置いて部屋着に着替えたあと、芽凛衣とベッドの上でくっつくように並んで腰を下ろした。
「芽凛衣があの子の妹って、どういうことなんだ?俺の知る限りひとりっ子だったはずなんだけど」
気になって仕方がないことを、芽凛衣に尋ねる。彼女は困った表情をしながら、あははと口を開いた。
「そうだよ。茜には両親しかいないの。今は動けないあの子に代わって、私が更斗くんの傍に来たんだ。あの子はずっと、あなたのことが大好きだったから」
「そうか……俺のこと、覚えてたんだな」
遠い昔の記憶だからと、名前を忘れていたことに申し訳なさを感じる。あれから何年も経っているというのに。
「そりゃね。だって茜は病弱でさ、一時期は良くなったけど、結局またそれが再発しちゃって、それからもまたベッドの上。だから、更斗くんほどに関係を深めた人って、一人二人くらいしかいないんじゃないかな?それも女の子が相手だから、唯一の異性のことを覚えてるのは、不思議なことじゃないよ」
思い出すように、芽凛衣はそう語った。当時はどうして関わってたのか覚えてないけれど、なにかしらのきっかけはあったのだろう。
覚えていてくれたのなら、それはとても嬉しいことだった。
「それに、更斗くんは別れ際に、ぬいぐるみをプレゼントしたでしょ?くまさんの」
「え?人形じゃなかったか?」
芽凛衣が言った別れ際のプレゼントのことに、思わず聞き返す。その言葉に彼女の表情が固まり、沈黙の時間が流れる。
あれ?違ったっけ?
「え、違ったか?俺はてっきり、あの子に人形を渡したから、芽凛衣になって来たのかと思ったんだけど……」
「え?私は茜が引っ越してからあの子と会ったんだけど……」
恥ずかしい記憶違いに、俺は眼を見開いて固まってしまう。つまり俺は、自分の渡したものも覚えていない阿呆ではないか。
なんかもう、居たたまれたくなってくる。
「ちょっと席を外すわ」
「わわわ!待って待って、覚えてないのも仕方ないよ!だって十年は経ってるんだよ?それに私の曰くも考えたら更斗くんの勘違いも当然だと思うなー!」
「やめろその慰めは胸にくる」
芽凛衣の必死のフォローが、俺のみっともなさを助長していた。思い込みったって、いくらなんでも限度があるだろう。
人形とくまのぬいぐるみって、共通点が四肢だけではないか。シルエットも色も違うというのに、どうしてその勘違いを信じ込んでいたのか。
たしかに芽凛衣はかの "メリーさん" なわけだが、それにしたって違和感を感じないのは恥ずかしい。
あの都市伝説は自分の持つ人形を手放したことから始まっているのだから、芽凛衣だってそうに違いないと、確信してしまっていた。恥ずかしさのあまり、思わず顔を両手で覆ってしまう。
「まぁまぁ、人間誰しも勘違いくらいあるって、だから落ち込まないで?そんなことで私も茜も怒ったりしないからさ」
横から抱き締めるように背中をさする芽凛衣が、そう慰めてくれた。穴があったら入りたいという言葉もあるが、その気持ちが痛い程分かってしまった。
泣くぞこのやろう。いや自業自得なんだが。
恥ずかしさのあまり芽凛衣の顔を見れず、それを誤魔化すために彼女の薄い胸に顔を埋めてやった。ほんの少しだけある柔らかい感触が心地好く、心を落ち着かせてくれる。
こうして甘えている中、芽凛衣が俺の頭を撫でながら、優しく問いかけてきた。
「今度の日曜日、茜のところに行こうよ。あの子の両親も、更斗くんのことはちゃんと覚えてるから、会えたら絶対喜ぶよ」
「そうだな。久しぶりに会ってみるのも楽しそうだ」
断る理由はなかった。幼馴染と会ったのは小学校に入る前だったはずなので、既に十年は経過しているだろう。
思い出話に花を咲かせるのも良いだろう。




