二十九話 怯える二人
学校から帰ってきた後、芽凛衣は用事があるからと言って出掛けてしまった。ついていこうと思ったものの、彼女は一人で行くからと言ったので、見送ることしかできなかった。
無理矢理にでもついていけばと思ったが、それは面倒な男だろうと諦めた。
外はすでに暗くなり、夕飯の時間はとうに過ぎた。こんなことなるなら芽凛衣に料理を教えてもらえばよかったなと、自らの怠惰を反省していると、がチャリと玄関から音がして、すぐに来たのは芽凛衣の声だった。
「ただいまー!」
「おかえり」
気が付けば俺は玄関におり、芽凛衣を出迎えていた。意識するより先に足が動いたのだ。
そんな俺を見て、芽凛衣がパァッと笑顔を咲かせて抱き着いてくる。
「ごめんね更斗くん!すぐにご飯の用意するからね!」
「大丈夫だよ。俺こそご飯の用意できなくてごめん」
「んーん!私が用意したいからするの!好きな人のお世話っていうのは誰だってしたいんだから、私に任せといてね♪」
ニコニコとフォローしてくれる芽凛衣に感動しつつ、これ以上邪魔してはならないと彼女を離す。といっても、彼女の手は俺の服を握っているが。
「じゃあ、早速用意するね♪」
「お願いします」
芽凛衣はフンフーン♪と鼻歌を歌いながら、キッチンに向かって料理を始めた。せっかくなので手伝おうと思ったが、彼女に全力で止められてしまった。
申し訳ないし、良いところを見せたいからゆっくりしていてと言われてしまうと、それ以上グイグイいくのも良くないか。
「代わりっていうと変だけど、その分たくさんエッチしてね♪」
「あ、はい」
ウィンクした芽凛衣に、俺は素直に従わざるを得なかった。
翌朝、芽凛衣と共に学校へ向かうと青崎とそのツレ、そして御天原が教室にいた。
しかし、男二人の方は様子がおかしく、虚ろな目をしながら俯きがちに椅子に座っていた。いつもなら青崎の席に集まっているのに、今日はそんな気力もないみたいだ。
心配にはならないが、その様子が非常に不気味で見ていられなかった。
「あ、紫崎さんおはよう」
「おはよう御天原さん」
御天原が席に着いた芽凛衣に声をかけると、男二人がそちらを見てガタガタと震えていた。御天原とケンカでもしたのだろうか?
思わずその異常な様子に首を傾げる。
そんな彼らに、後から訪れたクラスメイトたちも一様に首を傾げていたが、なにがあったのか尋ねられても首を振るばかりで答えられず、結局分からず仕舞いだった。
ただ俺がひとつ気付いたのは、二人が怯えを見せたのは御天原に対してではなく、芽凛衣に対してであったということだ。
昨日 芽凛衣がでかけていたのは、彼らに御礼参りでも行ったからなのではないかと思った。メリーさんだし、可能性としては高いだろう。
俺にその矛先が向かないように気を付けようと、静かに気を引き締めたのだった。
そして訪れた昼休み、授業を終えて皆が席を立つ音が一斉に教室に響いている中、俺は自分の席で芽凛衣お手製の弁当を取り出して、芽凛衣と彩斗を待っていた。
ちなみに、俺の席に隣接する席の連中は離れているので、芽凛衣と彩斗が座る席は充分にある。
本当なら昨日のように教室から出て……と思ったのだが、人目につけば間違いなくジロジロと見られるだろう。それこそ、中庭やなんかは居心地が悪い。
とはいえ良い場所なんて思い浮かばないので、それなら潔く教室で食べた方が良い。
自分の弁当を持ったニコニコ顔の芽凛衣がこちらに来ていると、彼女の前を御天原が塞いだ。え?という声を出した芽凛衣に、御天原が言った。
「ねぇ紫崎ちゃんさ、せっかくだしウチらとご飯食べよーよ」
「やだ」
御天原の誘いを、芽凛衣が食い気味に断った。御天原は背中を向けているためその表情は窺えないが、芽凛衣は無表情といった顔をしていた。
そんな彼女に御天原は驚いたのか、なにも言えずに固まっている。
「話は終わりね。それじゃ」
「はっはぁ?ちょっと待ちなよ、これから同じクラスで過ごすわけなんだし、ウチらと仲良くしといた方が──」
「なぁ、そろそろ飯食いたいんだけど」
芽凛衣を待っているというのに、御天原が邪魔しているせいでいつまで経っても飯にありつけない。 いい加減迷惑なので、食い下がろうとする御天原の言葉を遮った。
「はぁ?別に勝手に食べてればいいじゃん、ウチ関係なくない?」
「あるだろ。こっちゃ芽凛衣待ちなんだよ、話なら後にしてくれ」
「知らないよそんなの。アンタが勝手に待って──」
「ほっとこうよ更斗くん」
聞く耳を持たない御天原を遮って、芽凛衣が俺の手を引く。彼女の言葉に頷いて、俺の席に戻って弁当を食べるのだった。
御天原は、席に戻る俺たちの背中を睨んでいた。




