二十八話 メリーさんの本領
非通知で電話をかけてくる謎の女から逃げるために、真っ暗の道を全力で走る。夏休み明けの夜だから、日が沈んでなおまだまだ暑い。
そのせいもあって、家に着く頃には息も絶え絶えで、汗で身体がびっしょりと濡れていた。
もうひと息だと階段を駆け上がって、五階にある俺の家に入ってしまえば、恐れるものはなにもない。中には家族がいるはずだからと安心して鍵を開け、家に入る。
しかし家の中は真っ暗で、人の気配がない。エアコンの効いていない暑い部屋が妙に怖く、すぐに電気とエアコンをつけて、急いで部屋に逃げ込んだ。
そして閃いた俺は、電話がかかってくる前に非通知を拒否する設定にしてやった。これでタチの悪いイタズラ電話はかかってくることはないだろう。
もう大丈夫だと安心して、崩れ落ちるように尻もちをついた。涙が滲むくらい気が抜けて、走った疲れが心地よく感じる。
せっかくならこの汗を流して、その後でお袋に電話をかけようと立ち上がった瞬間、スマホが震えた。思わずビクッと身体が跳ねるが、着信拒否をしているのだからヤツではないだろう。
それに、着信音だって電話のソレじゃない。なにもビビることはない。
そう思ってスマホを開くと、メッセージアプリとメールにメッセージがあった。
「……………………は?」
それ見てみると、メールアドレスとメッセージアプリのアカウント名は文字化けしており、内容は信じられないものだった。
『わたし繝。繝ェ繝シ縺輔s。今マンションの下にいるの』
その内容から、先ほどの電話を思い出す。ヤツがどうして俺に連絡をとれる?アドレスは?アカウントは?もしかして、今から登ってくるというのか?
これから訪れる逃れようのない災いに、ガタガタと全身が震え上がる。汗が噴き出て、恐怖で胸が締め上げられる。
安心して油断したところに再び訪れた恐怖が、無防備な心を抉り傷付ける。歯がガチガチと音を立て、強い不快感に気持ちが悪くなる。
それからもメールやメッセージが届くものの、あまりの怖さにそれを見ることができず目を逸らす。すると、今度は電話がかかってきた。
画面に表示されたのは恐ろしいことに、文字化けして読めなくなった番号。文字化け特有の不気味さが、より神経を逆撫でし恐怖が増幅する。
それなのに、怖いはずだというのにどうしてか、スマホを手に取り応答してしまう。それを耳に当てて聞こえてくるのは、もはや不快感の凄まじい声だった。
高い声や低い声が混ざり合ったノイズのような声が、鼓膜を突き刺すように響いてきた。
『繧ゅ@繧ゅ@縲√o縺溘@繝。繝ェ繝シ縺輔s縲ゅ>縺セ繝槭Φ繧キ繝ァ繝ウ縺ョ荳九↓縺?k縺ョ』
「うわああぁぁぁ!」
ブワッと恐怖心を爆発させる声が電話の向こうから聞こえて、スマホを投げて叫び声をあげる、
心臓が強く跳ねて、ただただ得体の知れないなにかに怯えることしかできない。
そして、再びかかる着信が今度は自動的に出て、勝手にスピーカーで声が流れ出す。
『もし繧ゅ@、繧た縺繝。繝ェ繝シ縺輔s。い縺セ あ縺溘?螳カ縺ョ蜑阪↓縺?kの』
もはや悲鳴すらあげられず、俺はただ怯えて震えながら、座してその時を待つことしかできなかった。電話は切れないまま、ザアザアとノイズが走る。
ふと、意味もなく部屋の外を意識するように、扉の方に目を向ける。もしかして、家に入ってきたというのか。
『もしもし、繧上◆縺励Γ繝ェ繝シ縺輔s。あなたの部屋の前に縺?k縺ョ』
ザアザアとノイズが聞こえてくるものの、断片的の内容を聞くことができた。知りたくもない、おぞましいなにかがやってくる。
その言葉が正しければ、ヤツは俺の部屋の前にいる。
そして、耳障りなノイズが消えた。
『もしもし、わたしメリーさん。いまあなたの後ろにいるの』
その声が聞こえた瞬間、俺の髪は何者かに掴まれて、後ろに強く引っ張られた。体勢的に上を向くことになるわけだが、そこで見えたのは、俺の視界を覆う何者かの顔と、その眼光。
ギラギラと光る翡翠色の瞳がギョロりと見開かれ、俺のことをゼロ距離で凝視していた。
「あなたのことが、憎くて憎くて仕方ないの」
その言葉を最後に、俺の意識はプツリと途絶えた。




