二十話 やっぱり
夏休みを終えて、本格的に学校が始まる今日、HRを始めるには少し早く教室にやってきた先生が、転校生が来たと言った。
ざわつくクラスメイトたち、心当たりを感じる俺をよそに、先生が教室の外で待つ転校生を呼ぶと、返ってきたのは可愛らしい声だった。
それも、朝に聞いたような声。
扉を開けて教室に入ってきたのは、腰ほどまである銀の髪を後ろで三つ編みまとめ、翡翠の瞳を輝かせた、俺と背丈が同じくらいの女の子。現実離れした女の子に、教室がざわついた。
彼女を見て、みんなと別の意味で驚いたのは、俺だけでなく彩斗も同じだった。
「それじゃあ、挨拶したげて」
「はい」
その転校生とやらが先生に促され、明らかな営業スマイルで返事をして、チョークを手に取って黒板に自らの名前を書いた。
「紫崎《ゆかりざき》 芽凛衣《めりい》です。さらとくっ、汐丸くんを追いかけてきました。よろしくお願いします」
そう、その人物は今俺の家にいるはずの芽凛衣だった。彼女は俺の名前ではなく名字呼びをして、頭を下げた。
「はい、今日からうちのクラスで一緒になった紫崎さんね。みんな仲良くしてあげてね。ってことで、紫崎さんの席はそこだからね」
そう言って先生が指差したのは、俺の隣──ではなく、俺より先に来ていたあの三人、そのうち一人の男の隣の席だった。
廊下側で一番前の席の、その隣。
てっきりメリーさんパワーみたいな能力で俺の隣にくるかと思っていたが、そうでもないみたいだ。俺を追いかけて来たと言っていたが、もしかしてあの男が目当てだったりして。
もしそうなら応援してやろうじゃないか。
今朝の思考が再び訪れてそう結論付けるが、そんなものは不確定要素でしかないことも分かっている。良く観察しておかないとな。
「よろしく、紫崎さん。俺は青崎 兼斗。同じザキ同士、よろしくね」
「よろしくね、青崎くん」
芽凛衣に馴れ馴れしく声をかける青崎、たしかに紫崎と青崎で、同じ崎が入っているが、そのアピールも芽凛衣には効かないようだ。普段聞いている声と違って、営業感が否めない。
青崎の表情を見るに彼女は笑ったのだろうか?彼は上手くいったとでもいうような顔をしている。
その流れで一時限目の授業が始まり、教科書を持ち合わせていない芽凛衣が、青崎に誘われるがまま机をくっつけた。端から見るとお似合いカップルに見えなくもない……いややっぱ見えないわ。青崎でさえ釣り合わん。
しかし、彼は芽凛衣にアピールを繰り返しているのか、椅子を寄せてまで肩をくっつけるようにしている。
対する芽凛衣は逃げるでも寄るでもなく、一切の反応を見せなかった。だからこそだろうが、青崎が距離を詰めている。
一時限目を終える頃には肩を触れたりしていて、ずいぶんとチャラいなと思った。
これだけ様子を見ていた俺のノートは、いつも通りちゃんとまとまっていた。芽凛衣たちはほぼ対角線に位置しているので、割と見えるのだ。目立つから余計にね。
休み時間に入ると、クラスメイトの大半が一斉に立ち上がり、芽凛衣の元へ向かう。もうお分かりの通り、みんなからの質問責めである。
どこから来たの?どこにすんでるの?といった、みんなが気になるであろうこと。それから、誕生日やら好きな食べ物やら、趣味やらと雪崩のように襲い来る質問たちに、芽凛衣が困ったようにしていた。
「おいおい待て待て。紫崎さんが困ってるだろ
そう言ったのは青崎だ。困り顔の芽凛衣の肩を抱いて、近寄るみんなにしっしと手を振っている。
彼女を見る限り抵抗している様子はないので、意外と満更でもないのか?なんだかんだ言って、彼女もイケメンが好きなのかもしれない。
いくら相手がイケメンだとて、普通ならばベタベタ触れられるのは嫌がるはずだとは思ったが、そういえば芽凛衣はあったことのない俺に好意を向けていた。
つまりは、そういうことだろう。恋に恋するってやつか。
きっと芽凛衣は恋がしたかっただけで、相手は誰でも良かったのかもしれない。そう考えると、全てがストンと腑に落ちた。
それなら俺の家じゃなくて、青崎の家に行けば良かったのに。そう思ったが、たぶん接点が俺しかなかったから、俺を経由したということだろう。メリーさんも楽じゃないな。
「あの、青崎くん。ちょっと……」
「ん、どうした?」
芽凛衣に声をかけられた青崎が、キラリと気取った笑みを彼女に向ける。周りの女子たちは、赤い顔をしてそれを見つめていた。
男子たちは嫉妬混じりだが、仕方ないとでも言いたげしていた。
「汐丸を追いかけてきたっていうから、どんなもんかと思ったけど。やっぱり兼斗の方に惚れるよね」
そう言ったのは、今朝に青崎と一緒にいたギャル、御天原だ。俺の近くにやってきた彼女は、口角を上げているが目は笑っていない。
彼女がなにを言いたいのか分からず、俺はなにも返さずにいた。
「アンタと紫崎って、どういう関係なん?幼馴染とか?」
「まぁ、そんな感じ」
俺の返事に、御天原はふーんと興味なさげに返事をした。言語化はできないが、間違ってはいないだろう。
「まぁ、当たり前の結果だと思って諦めたら?どう見てもアンタとあの子じゃ釣り合ってないし」
バカにした様子で、御天原はそう言った。言われなくとも、元より芽凛衣との関係は期待していないさ。




