幕間 『in the TAXI』
それはホテルに帰るタクシーの中、優子の言葉から始まった。
「ねえ花梨ちゃん。お互い宮っちって呼ぶの紛らわしくないの?」
「紛らわしくないよ。だって自分のことは宮っちって呼ばないもん」
「あ、そりゃそうか」
小宮花梨と鬼宮柚子。お互い『宮』の部分を取って宮っちと呼び合う仲。
まあ聞いてる分には紛らわしいけど。本人達は問題ないんだろう。
「でも普通お互いに同じ呼び方しようって発想になんてなるかな?ねえあさひ」
「急にこっちに振らないでよ優子。でもまあ気になることは気になるかも。なんでなの小宮さん」
「なんでって言われてもそれは……」
小宮さんが言い淀む。
言いたくないんだろうか。
「……私が頼んだ」
「鬼宮さんが?」
「宮っち……!」
「いいから。私の名字、鬼宮だろう。それでこの腕力だから鬼呼ばわりされていたんだ。宮っちは……小宮は自分と同じあだ名を付けてくれたんだ」
「花梨ちゃんと同じあだ名を?」
「可愛いだろ?少なくとも鬼よりは」
「まあ可愛いかも」
鬼宮さんの言葉に優子は納得した様子だった。
でも、私はなんとなく納得できなかった。
「……小宮さん。本当にそれだけなの?」
「えっ……」
普段小宮さんの言うこと従順に聞く鬼宮さん。いつも無口な鬼宮さん。
その鬼宮さんが小宮さんの制止を振り切り、饒舌に理由を話す。
私にはそれがまるで鬼宮さんが何かを隠したいかのように見えた。
「何か隠してるように思えてさ。どうなの小宮さん」
「あさひ、その辺にしときな。話さないってことは話したくないことってことさ。ね、運転手さん」
「え?ああ、まあ、そうですね。人には色々事情がありますからなあ」
MIHARUさんが何故か運転手さんを巻き込んで私を止める。
確かにちょっと調子に乗って踏み込みすぎたかも。
「ごめんね小宮さん。言いたくないなら別に言わなくてもいいよ」
「な、なんかすっごい重い感じだと思われてる!?そんな重いやつじゃないからね!」
そう言って、小宮さんはポツポツと話し始めた。
「実はね。私、人見知りが激しいんだ。特に男の人が苦手でね」
「小宮さんが?鬼宮さんじゃなくて?」
「あさひ、黙ってなさいよ」
優子に怒られてしまう。
でも思い返せば、三十三間堂で一ノ瀬師匠の男子班と合流したとき、ずっと静かだったかも?
「あはは、宮っちもあんまり人付き合いあるタイプじゃないけどね。でも私と違って、宮っちは1人で平気な強さを持ってるから」
確かに、鬼宮さんは小宮さんさえいればいいとでもいうか、他人の評価はどうでもよさそうなそんな空気を感じる。
「でもさ、そんなこと言ったら今みたいに大ごととして捉えられちゃったりするじゃん?そうして腫れ物扱いされるの、もっと嫌なんだよねー」
「えっと、ごめんね?」
「許さない、ここで始末する」
鬼宮さんの目が光る。
半年後を待たずして今日が私の命日か。
「宮っち!あさっちも優子も私の友達なんだから!」
「……冗談だ」
絶対冗談じゃない。
あの目は本気で殺る目だった。
「だから仲のいい鬼宮さんと宮っちと呼び合うことで2人だけの空間作って、最初から他の人に話しかけられないようにしてたんだ」
「……あれ?私だけなんとかっち呼びじゃないの?」
「優子、最初に出る感想がそれ?」
「あはは、優子はあさっちとかはるっちと違ってゆうっちでも、うこっちでも語呂が悪いから」
「優子っちでもいいでしょ別に〜!」
「語呂悪いよ〜」
優子が小宮さんの肩を掴んでガタガタ揺らす。
鬼宮さんいるのに怖いものなしかこの娘。
「まあ結局人見知りではあるけど、それを理由に無茶苦茶気を使われたくない。そういうことですよね運転手さん」
MIHARUさんが運転手さんに話を振る。
MIHARUさんなんでそんなに運転手さんにかまうの?
「いやあ、お客さん。私も分かりますよ。私も人見知りですからね」
「運転手っちもですか?」
「運転手っち!?」
小宮さんの口から飛び出したとんでもないあだ名に私と優子は驚愕する。
優子っちなんて比にならない語呂の悪さだ。
「ええ、運転手っちも結構人見知りするタイプなんですが、それをお客さんに伝えたらお客さん達萎縮しちゃうでしょ?運転手っちの人見知りはそんな重度なもんじゃないんで、話しかけられたら答えるくらいはできるんですよ」
「一人称も運転手っちになるんですか!?」
私のツッコミなど意にも介さないように、運転手は話を続ける。
「それに友達がいるだけいいじゃないですか。運転手っちの友達はネットの向こうにしかいませんよ」
「運転手さん!なんかすごい悲しいこと言ってますけど大丈夫なんですか!」
「これでも二次元だけがお友達の頃よりは進んだんですけどねえ」
「運転手さん!」
その後、運転手っちの抱える闇にすべて押し流されてしまい、ホテルについた頃には小宮さんとの会話はもうすっかり忘れているのだった。
―――
タクシーから降りてMIHARUさんにお礼を言い、私と優子、小宮さん、鬼宮さんはホテルの中に入る。
そして後ろからMIHARUさんが着いてくる。
「……MIHARUさん、なんでついてきてるんですか?」
「え、いや、あさひたちの部屋に遊びに行こうかなと」
「一応学校行事なんで部外者部屋に入れる許可は降りないと思いますよ」
「そ、そんな……」
その後MIHARUさんは涙目でホテルから出ていった。
寂しがりにも限度がある。




