幕間 『退治しなくていい妖』
ある日のこと、私は彼方、遥とテーブルを挟んで麦茶でお茶をしていた。
「そういやさ彼方。お盆のとき地獄の鬼……獄卒だっけ?あれを倒さなくていい妖って言ってたじゃん」
「ああ、言ったな」
「そういう倒さなくていい妖って他にもいるの?」
「まあ、そりゃいるよ。人間と協力関係にある妖だけじゃなく、無害な妖とか、相手する労力と見合っていない妖とかな」
「ふーんどんなのがいるの?」
「狂骨とかどうかのう」
部屋に見覚えのないおじいさんが入ってきて、そう言った。
「狂骨は違うと思うわ。あれ単体だと無害だけど、放置してると集まってがしゃどくろになるし」
「そうなの?」
「ああ、遥の言う通り、狂骨単体なら鳴き声をあげるだけの無害な骨の妖なんだがな。優先順位は低いが退治しなくていいまではいかない」
「難しいのう」
「無害で言ったらあかなめの方が近いわね」
「あかなめって?」
「風呂の浴槽や浴室を舐め回して汚れを綺麗にしていく妖だ」
背筋がゾワッとした。
そんなキモい妖いるのか。
「そんなんに出会ったら即ぶちのめすわよ。もっと精神的にも無害なやついないの?」
「うーん、小豆洗いとか無害じゃないか?」
「それはどんな妖なの?」
「川で小豆を洗う妖ね」
「洗ったあとどうすんの?」
「さあ?洗う妖だからそれ以降どうしてるという文献はないな」
「それ本当に妖なの……?珍しいおじさんとかじゃなくて?」
「まあ神無月家が妖に分類してるんだから妖じゃろう。ちょっとお菓子取ってくれ」
「あ、はい」
おじいさんにお菓子を手渡し、話を続ける。
「無害な妖はもうわかったからさ。労力に見合ってないっていうのは?」
「ああ、ぬらりひょんって妖が代表的だな。以前に人の認識で妖の力が変わるという話、したことあったよな?」
「あったよなというか、そのせいでオープンに活動できないんでしょ」
「まあな。ぬらりひょんに関してはこの影響を大きく受けた妖でな。かつての妖怪ブームの際、妖怪の総大将として扱われてな。その時とんでもない力を手に入れてしまったんだ」
「あの時は色々大変じゃったのう」
おじいさんが反応する。
世代的に生き証人なのかな。
「それで、強くて倒す労力に見合ってないから見逃すってこと?」
「神無月家を甘く見ないでほしいわね。邪悪な妖ならそんな理由で見逃したりしないわ」
「そうだな。転機になったのはぬらりひょんを題材としたマンガが大ヒットしたことだな。かなりヒロイックに描かれたことでその印象に引っ張られ、突いて倒すほどのものではなくなったという感じだ」
「ふーん。無力化するために狙ってヒットさせたりしたの?」
「そんなことできるなら妖怪ものの創作は全部発禁にしてるよ。神無月家は一切関わってない」
そういうことはしていないんだ。
なんか安心したような、ちょっと残念なような。
「まあそうはいっても、妖怪ブームで力を増す前から厄介な妖ではあったものね」
「そうなの?」
「ああ、ぬらりひょんは気付けばいるという性質の都合、結界で弾くことができないんだ。結界の内側に入られて、結界を内側から容易に破られてしまう。だからまあ力を増してヒロイックになったのはトータルで見ればプラスだな」
「うわ、思ったより厄介なやつ」
「まあ、本来は家に上がって勝手にお茶とかお菓子とかいただくだけのおじいさんみたいな妖だから、そんなに警戒しなくてもよかったわけなんだけどね」
「うん?おじいさん?」
遥の言葉に気付き、麦茶を飲んでいるおじいさんを指差す。
「もしかしてこの人、ぬらりひょんじゃ?」
「おお、流石『太陽の手』。よく見破ったのう」
おじいさんはすくっと立ち上がり、入り口に向かう。
「じゃあバレたところで、そろそろ退散するかのう」
そのままおじいさんは、ぬらりひょんは部屋から去っていった。
「……まあ、こんな感じだ」
彼方がうなだれながら言う。
彼方と遥が揃って一切反応できないあたり、本当にすごいやつだということはわかった。
狂骨とがしゃどくろが関連した妖怪というのは本作の独自設定です。
狂骨は江戸時代の浮世絵師、鳥山石燕の創作妖怪で、がしゃどくろは昭和の妖怪ブームの時代に生み出された創作妖怪です。
がしゃどくろはよく餓者髑髏と表記され、字面から飢餓に苦しんだ者たちの魂が集まったものという勘違い?解釈?をされがちですが、そういう設定はないです。
実はこの餓者髑髏という漢字表記は後から定着したものなんです。
もともとは動く時にがしゃがしゃという音を立てるどくろだから、がしゃどくろという名前になったという説が有力です。
いや冗談言ってるわけじゃなくマジで。
設定の方も飢餓ではなく戦争により亡くなった者たちの魂が集まったものという感じで、戦争と飢えがまったく関係ないものかと聞かれるとそうとは言い切れませんが、ニュアンスとしては弾丸で死んでそのまま戦場に置き去りにされた魂という感じが強いです。
まあ作中で語られる通り妖怪なんてものは認識で左右されるもんなんで、あんまりカッチリ原典はこうだから飢餓とは関係ないのとか言うもんでもないですけどね。
一方で狂骨は井戸に現れ、強い恨みを持つ妖怪です。
多分井戸に打ち捨てられてるんでしょうね。
鳴き声を出してここにいるよと主張したり井戸使った人を祟ったりするそうです。
これ以上の設定はなく、がしゃどくろとは見た目以外接点が欠片もないのです。
強いて言うなら両方怨念は持ってそうですけど、人の無念から生まれた妖怪なんて大体そんなもんですよね。
さて、ここまで読んでもう一つ作中描写の矛盾を見つけた人もいると思います。
狂骨祟ってくるなら無害じゃねえじゃんということですね。
話を組み立てる都合鳴くだけでほぼ無害ということにしたんです。
祟ってこその狂骨だろという狂骨ファンの方はすみません。
実はね。無害な妖怪ってほとんどいないんですよ。
今回無害代表として出したあかなめと小豆洗いに関しても、ものによっては体を舐めて血肉を削ぎ取って殺すとか、川に落として溺れさせて殺すとか、物騒なものが結構あります。
小豆洗いに至っては「小豆洗おうか人取って食おうか」なんて歌いますからね。
この歌の時点で分かり合えない種族ですよ。
無害な妖怪としては他にもすねこすりや豆腐小僧なんかもいますが、あれも寄ってくるだけじゃなく転ばせてくるというのがあったり、豆腐が毒豆腐だったりしますからね。
絶対豆腐傷んでただけだと思うんだよなあ。
まあものによっては単に後から「こうだったら怖いよね」と悪ふざけで付けただけのものもあるでしょうが、妖怪のような空想の存在というのはどこまでを本来の姿、どこまでをただの後付けとするかが難しいのです。
それこそ空亡なんて百鬼夜行の最後の太陽が妖怪なら面白くね?という悪ふざけから生まれましたからね。
名前すらも後付けの存在です。
とかく妖怪というものは基本的に危険なものと認識して、可能な限り関わるのを避けたほうがいいです。
ジバニャンですら最初人に取り憑いてトラックの前に飛び出してひゃくれつ肉球する超危険なやつでしたからね。




