第5話 最後の仕事
神無月家にたどり着くと、何やら騒がしく動いていた。
「彼方。なんかあったの?」
「あさひか……その、いや、なんでもないさ」
短い付き合いだけど、それなりに近い距離にいたからわかる。
明らかに何かあった反応だ。
「彼方。最後の時だからって遠慮してんの?そういうの好きじゃないことくらいわかるでしょ?」
私が問い詰めると、彼方は口を開いた。
「いや、本当にイレギュラーはなんにもないんだよ。ただ毎年これから忙しくなるから、それでな」
「毎年?」
「ああ、お前、お盆がどういう行事か知ってるか?」
「……死んだ人が帰ってくる行事?」
きゅうりに乗ってやって来て、なすに乗って帰っていくとか、焚き火の煙を印に帰っていくとか、それこそ今日やった灯籠流しなんかもそんな行事のひとつだったはずだ。
「そう、そして毎年帰りたがらない人間が出てくるんだ」
「あー、まあ未練あるだろうしね」
「それもあるが、地獄から解放されたとして、素直に地獄に戻りたいか?」
「あーなるほど、私は天国と地獄どっち行くんだろうね」
「……悪い」
「あ、いや別にそういうつもりじゃなくて」
当てつけじゃなく単なる話の流れだ。
彼方がこんな感じだとどうも調子が狂う。
「安心しろ田中あさひ。魂を導く神として、そなたの魂を高天原の平穏な地まで送り届けること、月読尊の名を持って約束しよう」
ツクヨミの声が聞こえ、振り向くとそこにはツクヨミがいた。
今度は声だけじゃないのか。
「ツクヨミ様、あさひは……いえ、何でもありません」
「神無月彼方よ。気に病むな。そなたも田中あさひも悪くはない。このような手段しか取れぬ私の落ち度だ」
彼方も、ツクヨミも、暗い雰囲気を出していた。
「……はぁー。そういうのいいからさ。これから何するか教えてくんない?手伝うからさ」
「手伝うってお前」
「じっとしてろって?別に病気でもないのに?最後に一仕事して、それで終わりにしましょうよ」
「ならば私も手伝うとしよう。どうすればいい?神無月彼方」
「はあ、では説明をさせていただきます。まず現在地上は、地獄の亡者達が現世に溢れかえっている状態です。帰りたがらない亡者達を、もうすぐ地獄から獄卒……あー、鬼達が連れ戻しに来ます」
地上が亡者で溢れて、それを追って鬼が現れる。
世にも恐ろしい話だ。
「鬼は妖ですが今回は討伐対象ではありません。亡者や地獄の鬼の瘴気に寄せられた妖達を倒すこと、そして事態を早々に収集させるために逃げる亡者を捕まえ、獄卒に引き渡すことが今回の我々の仕事です」
「……鬼の味方するの?」
「地獄の鬼は更生のために責め苦を与えている鬼だ。悪い妖じゃないんだよ」
悪くない妖もいるんだ……。
「鬼と言いましたが、他の妖と区別が付きづらいものもいます。神無月家の者が判断した妖のみを攻撃するように……いや、ツクヨミ様は自力で判断できますね。ツクヨミ様、よろしくお願いします」
「うむ、任せておけ」
「そんじゃあ出発準備しときますか」
そうして私は、最後の仕事の準備を始めた。
―――
作戦準備中、私は一ノ瀬師匠と橋花さんに声をかけられた。
「田中さん。ちょっといいかな」
「あ、一ノ瀬師匠も来てたんですね。夜遅いから来てないかと……私が言えたことじゃないですね」
小宮さんと鬼宮さんは今日の作戦は欠席らしい。高校生だしね。
そもそも早めに来てるけど、多分本来殺されるのは夕方だろうし。
遥は……作戦には参加するけど、何か調べているらしい。
「それで、何の用ですか師匠。橋花さん」
「嬢ちゃん。逃げるぞ」
橋花さんの用件は、とても短く、簡潔なものだった。
「え?は?逃げる?」
「ああ、逃げる。作戦が始まれば作戦区域から離れて、バイクで逃げる。作戦が始まるとき、俺のバイクに乗れ」
「……どうしてそんなことを?」
「嬢ちゃん。俺は自由を求めてバイクに乗り始めた。妖退治にも自由を求めてやって来た。嬢ちゃん。お前を見殺しにしたら俺の自由は死んじまうんだ」
「田中さん。僕もできる限り応援する。こう見えても彼方君にかなり信頼されてる自覚はあるんだ。どれだけできるか分からないけど、足止めしてみせる」
「……ありがとう。一ノ瀬師匠。橋花さん」
私は二人にお礼を言うと、振り返り、少し遠くにいる彼方に声をかける。
「彼方ー!悪いんだけど今日バイク乗せてくれるー?」
「た、田中さん!?」
「何言ってんだ嬢ちゃん!俺のバイクじゃなきゃ」
「橋花さん。それじゃきっと、ずっと逃げ続けなきゃいけません。それじゃきっと、私は自由にはなれません」
橋花さんも、一ノ瀬師匠も、辛そうな顔をしている。
きっと小宮さんたちも、優子も、同じなんだろうな。
「色々あったけど、私の選んだ道です。ふたりは、ううん、みんなは手を差し伸べてくれた。それでも最後に進むことを決めたのは私だから、見殺しにしたとか、思わないでください」
私はふたりにそう言い残し、準備に戻る。
準備を終えたあと、私は橋花さんにもう一度頭を下げ、彼方のバイクの後ろに乗るのだった。




