プロローグ
8月。夏休み真っ只中。
小学生の頃から毎年ギリギリまで残している夏休みの宿題は、今年は7月時点で終わった。
神無月家、というか遥が横について終わるまで指導された。遥だって彼方ほどじゃないにしろ忙しいはずなのに。
まあおかげで弓の練習に集中できてるわけだけど。
そして今日は、その弓の練習の集大成となる日だ。
ヒュンと空気を切り裂く弦の音が鳴り、巻藁……ではなく的に向かって飛んでいく。
飛んでいく矢は、まるで的に吸い込まれるようにきれいに飛び、刺さる。
普段から弓道場でよく見かける光景。違うのは一ノ瀬師匠ではなく、私の射った矢であるということだ。
私は喜ぶでも驚くでもなく、次の矢を番え、射る。
そうして4本目が的に突き刺さったことを確認すると、私は弓を下ろす。
「どうですか?師匠」
「うん。見事に中ってる。合格だよ」
「良かったなあさひ」
一ノ瀬師匠からお墨付きをもらい、様子を見に来ていた彼方と遥に褒められる。
「ふう、しかしもっと何日もかかると思ってたのに、一日で終わっちゃいましたね」
「うん。弓道には正しい姿勢で射れば正しく中る。正射必中って言葉があってね。技術は叩き込んだからあとはメンタルの問題。その点田中さんは図太……心が強いからすぐ合格できると思ってたよ」
「師匠今図太いって言おうとしました?」
「聞き返す時点で図太いでしょうよ」
一ノ瀬師匠は笑って誤魔化し、遥が呆れる。
そんな中、彼方はいよいよと私に告げた。
「あさひ、これでお前は神無月家の正式な戦力のひとりだ。これからは大規模じゃない作戦への参加や、地域のパトロールなんかもしてもらう。覚悟はできてるな?」
「そうね……」
改めて少し考える。
本当に戦うのが怖いと感じた時に、ちゃんと逃げるために戦う。
あの時の言葉の答え、出たかっていうと正直出てない。
今だって死ぬような目にあったら怖くなって戦えなくなるかもしれない。
けど3カ月、彼方達と一緒にいてなんとなくわかった。
これは戦う道を進む限り答えが出ることはないことなんだろう。
答えが出るときは、きっと逃げる選択をしたときだけだ。
私だけじゃない。彼方も、遥も、一ノ瀬師匠も、きっといつかは逃げるという答えにたどり着く。
でもそれは今じゃない。少なくとも今はまだ戦いたい。
少なくとも、今は戦うことは怖くはなくなった。神の力のせいじゃない。彼方達と過ごし、鍛錬を積んできたからだ。
今のこれは、きっと覚悟と呼んでもいいものだろう。
「うん。覚悟はできたよ。多分ね」
「多分ってなんだよ」
私はいつもと変わらない軽い口調で言い、彼方もいつもと変わらない軽い口調で返した。
―――
神無月家の正式な戦力となって数日。
私は腐っていた。
「彼方ぁ〜やることないよ彼方ぁ〜」
妖なんてほとんど居ない。
毎日毎日順路を徘徊して神無月家に帰ってくる。それだけ。
毎日毎日異常無し。
妖と関係なさそうでも普段と違うと思ったことがあれば報告してほしいと言われているが、それ込みでも異常無し。
妖退治の話もたまに彼方や橋花さんのバイクの後ろや、職員さんの車に乗って行き、私が一発叩けば大抵終わる。
弓矢の修行した意味ほぼない。
そもそも弓矢部隊欲しいときは先に一ノ瀬師匠に頼むらしい。ぐうの音も出ねえ。
「……なんか起こってほしいのか?」
「それは今絶対嫌だけどやることないのぉ……」
「自主トレか優子と一緒に文字書きのバイトでもしといたらどうだ」
駄々をこねる私に、彼方はいつもと同じ決まり文句を放つ。
「……そういやさ彼方。結局あの紙なにに使ってんの?わざわざバイト雇うってことは大事なんでしょ?」
「んー?まあな。新しい刀を作るときの燃料にするんだよ」
「は?燃料?そんなの薪でいいでしょ?」
「妖を倒すための刀だからな?人間の感情を込め、その感情を媒体にして神の力が宿る。その感情を集めるためのバイトだ」
「彼方が使ってるあの刀?」
「あの刀の予備だな。現状あれが折れたらもう刀はない」
思ったよりも大事な仕事じゃんあれ。
「まあ数ももうぼちぼち貯まったから、少し予定を早めて今日事前の儀式を済ませるか。お前も来るか?」
「え?いいの?」
「暇なんだろ?」
「じゃあ行こうかな」
「じゃあ遥も呼ぶから、ちょっと待ってろ」
そうして私は彼方と遥と一緒に、儀式の場へとむかうのだった。




