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第2話 クモの妖

神無月彼方にクモの化け物から助けてもらった私は神無月家のバイト部屋に来ていた。

お互い座布団に座って向かい合う。


「じゃあ質問に答えてもらうわよ、神無月彼方」


「彼方で構わない。民間協力者《みんかんきょうりょくしゃ》になってもらうからには話せる範囲なら話してやる」


「じゃあ彼方。そもそもあの化け物なんなの?」


でっかいクモだけでも見たことないのにそこに人間が生えていた。あんなもんゲームとかアニメとか特撮とかでしか見たことない。


「個体名はついていないが、ああいうものを俺たちは総じて『妖《あやかし》』と呼んでいる」


「あやかし……妖怪のこと?」


「ああ、今日みたいに昼に出てくることもあるが、妖は基本的に太陽が沈んだ後に活動する。そしてその時間に妖と戦うための組織の一つが俺たち神無月家だ」


「……ハハッ」


思わず乾いた笑いがこぼれる。ゲームとかアニメとか特撮とかって言ったけど、マジでゲームとかアニメとか特撮とかみたいな設定じゃない。


「信じられないか?」


「ここは信じるわよ。そうしなきゃどうしようもないし」


アニメみたいなんて言ってる場合じゃない。事実クモの妖は存在した。そして襲われた。信じられないとか言ってらんない。


「めぐみはあいつに……クモの妖に殺されたの?」


「おそらくな。あいつ自身も言っていたし、遺体の損傷から言ってもあいつでほぼ間違いないと考えている」


「遺体の損傷?直接見たの?」


「いや、報告に上がってきたものを見ただけだ」


「……ひょっとしてだけどさ。交通事故で死んだって情報流したのも多分あんたたちよね。なんで?」


「妖の存在は人の認知と感情により左右される。広く認知され、恐怖されてしまえば強くなってしまうからだ」


認知されてしまうと強くなる。アニメとか見てるとたまにある設定だ。

だから一般人にはなるべく伝えない。私が協力者になるから伝える。


「あー、もしかしてバイトの目的とか水とかについて話さなかったのも妖関連?」


「直接関わりはないがそうだな。バイトは妖と戦う武器を作るため、あの水は聖水で神無月家から出るときに妖に目を付けられないようにするためだ」


「目を付けられないように?」


心が少しざわついた。


「神無月家には基本的に妖が入ってこれないように結界が貼ってある。そこから出るところを妖に見られたら尾けられて殺されてしまうこともある。だから聖水を体の中に取り込むことで出入りをするところを認識されにくくして」


気が付いた時には彼方を押し倒して馬乗りになっていた。

神無月家を出るとき聖水を飲んで身を隠す?じゃあ飲んでいれば殺されなかった?

そう言ってくれれば飲んだだろうに、言えないっていうならお茶にでも混ぜて出してくれれば、そもそもお前がバイトなんかに誘わなければ、私が逃げ出そうなんて言わなければ。


心は怒りも後悔も悲しみも混ざっている。顔にはどの表情が出ている?

馬乗りになって何がしたい?殴るか?罵倒するか?

わからない。知りたくない。涙が出ていることだけはわかる。


めぐみが死んだのはお前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前の。お前の。お前の。


……私の。


「……周りがどう言おうと、最終的にあいつが聖水を飲まなかったのはあいつの判断だ。だから仕方ないさ」


なだめるような、慰めるような、彼方のその言葉を聞いて私は冷静さを取り戻した。

私は彼方の上からどいて、謝った。


「ありがと、それとごめんね。それで、私はどうすればいいの?」


聞きたいことは多分もうない。あっても後で聞けばいい。


「ああ、まずは……」



―――



「そんなことできるか!バカバカバーカ!アホー!神無月彼方100回死ねー!」


作戦を聞いた私はあらん限りの罵倒をして神無月家を飛び出した。

自分の語彙力のなさが若干辛い。


「……チッ、仕方ねえあの妖は別の方法で探すよ。ほら、帰った帰った」


そう言って彼方は家の中へと入っていった。


「言われんでも帰るわよバーカ!あっでもそろそろ下校時間だ。学校の人と会うと気まずいし別の道通って帰るかー」


私は普段通らない道へ向かう。

早退したことお母さんに伝わってるかな。

なんて言い訳しようかな。


そうだ、お参りして来たって言おう。

そのあと色々あったけど、嘘じゃないし。


そんなことを考えながら歩いてると、使われていない無人のビルに辿り着いた。

遠くでは太陽が沈み、常夜灯が灯り始める。


「……常夜灯が灯るとき、か」


太陽を眺めるのをやめて無人ビルの中に入り、階段を上って適当な部屋に入り、床に座る。

ひどい気分だ。どうしてこんなことになったんだろうか。


「キシシシシ、危機感のないガキだこと」


聞き覚えある笑い声が耳に響く。顔を上げると想像通りにクモの化け物が、もといクモの妖がいた。

驚いたことに既に人間の部分が再生している。妖というのは再生力が高いのだろうか。


「まあわかるぜ?ダチが死んで心ぐちゃぐちゃなんだろ?そんなんで生きてたって辛いだけだろうさ。ここで俺に殺されちまえよ」


「……」


私は何も言わず、表情すらなるべく変えないように、それでいてなるべくさりげなく、ポケットの中に入っている発信機のボタンを押した。

このビルには微弱な結界が貼られていて、妖が入ることはできても出ることは難しくなっているらしい。


クモの化け物……妖は私に糸を切られたことを相当に恨んでいた。しばらくは付け回してくるはずだ。

私は彼方と喧嘩したふりをしてあえて聖水を飲まずに神無月家から飛び出す。その後指定された場所におびき出す。それが今回私に言い渡された任務だ。


あのクソ演技で来てくれるか不安ではあったが、うまいこと目をつけてくれたようだ。


後は会話なり逃げるなりで適当に時間を稼げば近くで待機している神無月家の者と一緒に彼方が来る手はずになっている。

「いざというときはぶっかけろ」と聖水の入った小瓶も預かった。


「殺される前に聞いていいかしら。あなたはどうしてめぐみを殺したの?」


「ああ?人間の質問に答えるつもりはねえよ。てめえも死ね!」


取り付く島もない。会話による引き延ばしは2秒で終了し、襲い掛かってきた。

妖がクモの脚で私を貫こうとする。私は咄嗟に腕を上げてガードする。バキッと鈍い音がビルの中に響き……クモの脚が折れていた。


「……は?」


私が出した声か、妖が出した声か、あるいは両方が出した声なのか。

どちらにしろ私と妖両方にとって想像にも及ばない光景が目の前に広がっていた。


「おい、おいおい、おいおいおい!どういうことだよなんでクソガキの腕じゃなくて俺の脚の方が折れてんだよ!」


「……えいっ!」


うろたえる妖の胴体を殴ると妖の体はゴシャっとヘコんだ。これが聖水の力?カバンでぶん殴ってもびくともしなかったのに、素手で殴ってすさまじいダメージが入っている。


「ウグアッ!ち、ちくしょう!逃げなきゃ……結界!?結界が貼ってありやがる!」


妖がこちらに背を向けて逃げようとする。どうやら結界で逃げられない模様。私は後ろ脚を掴んでポキっと折った。2本。


「がああああああああ!!!!!ふざけんなああああ!!!!!!」


妖が尻から糸をぶちまける。視界が奪われ腕に糸が絡みつく。うっとおしいので尻にチョップしたら体が裂けた。糸も出せなくなったようだ。

こんだけ強いなら根元からもぐこともできるんだろうか。せっかくなので折れてない真ん中の脚をもいでみた。

もげた。すごい。


「大丈夫か田中あさひ!……は?」


そこに私を助けに来た彼方が飛び込んできた。もはや妖に逃げ場はない。


「あ、彼方。聖水のおかげで素手でもこんなにボコボコに出来ちゃった。聖水ってすごいね」


「いや、聖水にそんな効果ないが?」


「えっ、じゃあなんで」


聖水のおかげで直接ボコボコにできて溜飲が下がったと思ったが、聖水は関係ないらしい。まさかやられたフリなのではと思って妖の方を見るが、とてもそんな感じには見えない。


「……ちょっと試させてね」


カバンを持って妖をぶん殴る。バシッといい音はしたが特に損傷はない。

同じ場所を指で軽く突く。大した力を入れてもいないのに、障子紙が破れるかのように妖の体が破れる。


「「……」」


私も彼方も黙り込んでしまった。ビルにはただ妖の悲鳴だけが響いてる。


「田中あさひ。とりあえず明日神無月家に来てくれ。色々調べたい」


「う、うん。とりあえずこの妖にはトドメ刺すね?」


こうして私は妖を素手で細切れにして、早坂めぐみのかたき討ちに成功した。

すっきりした気持ちと釈然としない気持ちの両方を抱えて胸に私は家へと帰るのであった。

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