第1話 怪しいバイト
授業が終わった放課後。日はまだ沈まない時間。
私は隣のクラスのホームルームが終わるのをスマホをいじりながら廊下で待っていた。
SNSをチェックし、ソシャゲのスタミナを消費して、動画サイトを見る。
気になるニュースをネットで検索して、もうやることもないから無駄に予定表を開いてみたり「田中あさひ」とメモ帳に自分の名前を打ち込んでみたりする。
いよいよやることもなくなって外にあるほぼ散った桜を眺めはじめたころ。
教室の中から「起立!気を付け!礼!」と退屈に終わりを告げる号令が聞こえてきた。
「ごめんあさひ、待った?」
「待った待った。松センHR長すぎだよね」
親友の早坂めぐみと合流して一緒に帰る。
1年の頃、つまり去年、私とめぐみはソフトボール部に入った。
見学をして先輩方もとても優しそうだし、雰囲気もゆるそうな部活だったので、「これなら未経験者の私たちでもついて行けそうだ」と思って入部したのだ。
実際は全員幽霊部員だった。部活見学のときだけ出てたらしい。ゆるいはずだわ。
かくいう私たちもそんな状況で熱意など持てるわけもなく幽霊部員となっている。
ちなみに今年の部活見学では私とめぐみで全員幽霊部員の幽霊部活だと見学者に周知したので入部者0だ。やったね。
部活に全力で打ち込もうなんて思ってはいなかったが、その結果部活に充てようと思ってた時間がそっくりそのまま空いている。
やることなくて暇だ。
「バイトでもしよっかなー」
「なに?買いたいものとかあるの?」
「お金もほしいけどさ。やることないんだよね。放課後」
めぐみが「あー」と納得した声をあげる。
「じゃあ喫茶店とかどう?私んちの近所にバイト募集してるとこあったし、遊びに行っちゃうよ」
「んーどこにしようとか考えてなかったしそこにしよっかな」
「君たち、バイトを探しているの?」
不意に後ろから声をかけられる。
「俺の実家が今……というか慢性的に人手不足でね。バイトを募集しているんだ。よかったらうちでバイトしないか?」
振り向くとうちの学校の男子用の制服を着た男が立っていた。
なんか知らない人からバイトのお誘いが来た。
「誰よあんた」
「早坂さんのクラスメイトの神無月彼方だよ。よろしくね」
「めぐみの知り合い?悪いんだけどバイト先は喫茶店とかにしようと思って」
「行く!行きます!」
断ろうとする私の言葉を遮ってめぐみが食いついた。
「なんであんたが返事してんのよ。働くの私なんだけど」
「だって神無月くんのところで働いたら神無月くんのこと知れるかもしれないし……」
「別に早坂さんが来てもいいし両方来てもいいよ。人手不足だからね」
「そう、じゃあ頑張ってねめぐみ」
「あさひも来るの!神無月くんと二人きりなんて心臓が持たない!」
「二人きりとは限んないでしょうが」
「じゃあ地図渡しとくから働くつもりだったらここに来てね」
そう言って神無月彼方は私に地図の書かれたコピー用紙を渡して足早に去っていった。
めぐみがほとんど「あなたが好きです」って言ってるような言動してるのにひどくフラットなまま去っていった。
何も感じない、というよりもあえて無視しているようで、少し気に入らない。
「一緒に行くよねあさひ?行ってくれるよねあさひ?」
「わかったわかった。行くわよ行く。一回家帰ってからね」
―――
私は一度家に帰って、地図に書かれたバイト先に向かった。そこにあったのはバカでかいお屋敷。近所でも有名な名家だ。
「あっ、あさひ!こっちこっち!」
「よっめぐみ。神無月ってここの神無月だったんだ」
「うん!イケメンで頭もよくて運動もできて顔もよくて優しくて家もお金持ち!みんなに人気の完璧王子様だよ!」
「いいところ羅列すると真っ先に来るのが顔面なのね。さっき会ったばかりで言うのもなんだけど私はあんまり好きじゃないわ」
「……あさひまさか『おもしれー女』狙ってる?」
「は?」
「みんなが好きになる学園のアイドルに興味ないそぶりを取ることで気を引こうと思ってるんでしょ!神無月くんは私の物だからね!」
「そういうこと言うならバイト一人でやってくんない?私喫茶店の方行くから」
「ごめんなさい冗談だから置いていかないで!心臓爆発するの!」
「そろそろいいかな?」
「うわぁ!神無月くん!」
家の門の前でわちゃわちゃやってると中から出てきたっぽい神無月彼方が声をかけてきた。
「いつから居たのよあんた」
「玄関にいたら早坂さんがあさひさんを呼ぶ声が聞こえたから来たのかなって。いつから居たのかっていうとおもしれー女がどうとかってあたりかな。じゃあ行こうか」
最初から聞いてるくせに、会話の内容にほぼ触れることなく家の中に入っていく。
やっぱこいつ嫌いだ。
「あ、そうだ。敷地内から出るときはそこにある水を1本飲んでから出て行ってね」
玄関を通る時少し立ち止まり、靴箱の上を指さす。
そこには30本ほどの水が入った小瓶が箱詰めされて並んでいた。
「家に帰る時はもちろん、近くのコンビニに行くときも、忘れ物取りにちょっと入ったあとも飲んでね。在庫が無かったら近くの人に言うか、面倒なら外の蛇口から直接飲んでもいいよ」
「……飲まなかったら?」
「……俺は飲んで帰ってって言ってるんだ。飲まないなんて仮定しないでほしいな」
「水の中には何か入ってるの?」
「ただの水だよ。今この場で1本飲んでやろうか?」
「ただの水を飲ませる理由は何なの?」
「これから先の季節暑くなるからさ、脱水で倒れてもらったら困るから飲んで帰ってもらうんだ。さ、行くよ」
「ふーん……」
まるわかりの嘘だ。
あんな小瓶1本で脱水症対策になるもんか。
近くのコンビニに行くだけの時に飲ませるもんか。
飲まない仮定しただけであんなにピリつくものか。
さっきまでは『気に入らない』だったが今の私はこいつのことを『危険』とすら思っている。
そんな私の想いは無視して神無月彼方は奥へ進んでいく。
「ここで働いてもらうよ」
私とめぐみが通されたのは玄関から少し離れた和室。
中には座卓と座布団と筆、半紙、墨汁……習字セットが置いてあった。
「ここで何すりゃいいの?」
「君達にはここで文字を書いてもらう。給料は時間じゃなくて枚数に応じて払うよ。1枚あたり100円で」
「あ、あの神無月くん」
家に入ってからずっと静かだっためぐみがおずおずと手を上げた。
「文字を書くって言っても私そんなに字上手じゃないんだけど……」
「ああ、気にしなくてもいいよ心を込めて書いてくれれば字は下手でも構わない。書く内容も心を込めてくれれば、後は君たちに任せるよ」
めぐみはその言葉に少し安心した表情を見せた。
「ふーん、じゃあさ……こんなんでもいいの?」
私は座布団の上に座り、わざとへったくそな字で『ハンバーグ』と書いた。
「心を込めているなら構わないよ。どういう想いで書いたの?」
「今日の昼ごはん。おいしかったなって想いで書いたわ」
「じゃあ問題ないね。それじゃあ何かあったら呼んでね」
そう言って神無月彼方は部屋から出て行った。
「めぐみ、このバイト胡散臭い」
「うん……下手でもよくて何書いてもいいなんて目的が見えないよね」
「給料も割が良すぎるし、何よりあの水が胡散臭すぎる。なんか変なもの混ざってんじゃないの」
「神無月くんがそんなことしないと思いたいけど……」
好きな人のことを微妙に信じきれなくなってめぐみは戸惑っている。
私は最初からここまであいつのこと信用していない。
「めぐみ、バックレよっか」
「え!?」
「こんな怪しいバイト付き合わず逃げちゃえばいいじゃん。さっさと逃げましょ。わざわざ連れ込んでんだから外で手出しはしないわよきっと」
「う、うん」
私たちは見つからないよう慎重に、だけども急いで、神無月家から逃げ出した。
神無月家から逃げ出した私たちは何事もなく、普段の通学路に合流し、普段通りそれぞれの家への分かれ道まで一緒に帰り、そこからは一人で帰った。
―――
次の日、学校に行った私を不幸な報せが襲った。
めぐみが死んだ。昨日の夜、交通事故で死んだ。
分かれ道で別れた直後に車に跳ねられたらしい。
私は早退した。本当はそんなことで早退するのはよくないことだと思う。でも先生も友達も止めなかった。
家に帰る途中、分かれ道まで来た。分かれ道のすぐそこに花束が添えられている。
こんな近くで車に跳ねられたのに気付かなかったのか。
それらしい音は何も聞こえた記憶は無かった。
ブレーキ音も、衝突音も、エンジン音も。
現場にブレーキ痕はない。わざわざ消していったのかな。
それともブレーキなんて踏まずに走り抜けたのかな。
「誰が、めぐみのこと殺したんだろう」
「教えてやろうか?俺が殺した」
背後から聞こえた声は、ぼんやりした私の頭に深く突き刺さった。
後ろを振り向く瞬間、首に何か巻き付く。
首に巻きついた何かはそのまままっすぐ声の主、人の上半身が生えたクモの化け物へと繋がっていた。
「えっ、なっ、なに?」
目の前のあんまりに非日常な光景に頭の中パニックになる。クモの化け物?この糸はクモの糸?私はこのまま殺されるの?俺が殺した?それってつまり……
「あんたがめぐみを殺したの?」
キシシシシと笑うクモの化け物。きっと肯定ということだ。こいつが犯人なんだ。こいつがめぐみの仇なんだ。こいつが、こいつが、こいつがこいつがこいつがこいつがこいつが
次の瞬間、私はカバンでクモの化け物をぶん殴っていた。1発や2発では終わらない。何度も何度も。何度も何度も何度も殴った。
「キシシシシ、怖いか?怖いよなぁ?もっと泣き叫びながら殴ってもいいんだぜ?」
だけど、まるで効いてない。このままじゃまずい。私も本当に殺される。私は首に巻き付いた糸を掴み、引きちぎって距離を取った。
「……はぁ?」
距離を取った私を見て、クモの化け物は素っ頓狂な声を上げた。なにか予想外の行動をされた。そんな感じの声だった。
「おいおい、その糸には俺の妖力が込められてんだぞ?人間に引きちぎれるわきゃねえだろ!バカにしやがって、今すぐ食い殺してやる!」
わけのわからない逆鱗に触れたようで、クモの化け物は今まで余裕の表情を浮かべていた顔を怒りにゆがめながらこちらに走ってきた。
その瞬間、私の横を何者かが通り抜け、私の前に立った。
そこにいたのは神無月彼方だった。彼方はクモの化け物の人間の部分に刀を突きたて、思いっきり横に振りぬいた。
「死ね!木っ端の妖が!」
体を支えるものがなくなり、人間の部分をボトッと落とすクモの化け物。
「がああああっ!クソッ!覚えてろよそこの女!お前だけは絶対食い殺してやる!」
しかし、クモの化け物は絶命することはなく、人間の部分と捨て台詞を残し、クモの部分だけでピョンと跳んで逃げて行った。
「クモの部分が本体だったか……そこのお前」
神無月彼方がこちらを向き直り話しかけてきた。
「……田中あさひだったな?俺たちに協力しろ」
「……質問に答えてくれるなら協力してやるわよ」
かくして、私の平和な生活は終わりを迎えたのである。




