第8話 コウモリの親玉
「あさひ、ちょっといい?」
「な、なんでしょうか」
遥が転校してきてから数日。遥は私が思っているよりもずっとプロ意識が高いらしく、私に対して無駄な意地悪などはしてこなかった。
ただそれでも遥にとって私は気に食わない相手で、警戒対象で、やはりどことなく壁を作ってしまう相手なのだった。
「優子っていうやつ。あんたの友人でしょ?」
「そうですけど、優子になにか。まさか妖とか」
私の鼓動な高鳴る。まためぐみみたいに妖に殺されてしまうのではと、身体が冷たくなる。
「安心しなさい。っていうのはちょっと違うか。妖ではないんだけどね」
「な、なにがあったんですか?」
固唾を飲んで耳を傾ける。妖じゃないけど、安心できない事態とは?
「私、優子にいじめられてるのよ」
「……へ?」
優子が?遥を?
遥が優子をいじめてるわけじゃなくて?
「遥が優子をいじめてるわけじゃなくて?」
「落ち込んでない時のあんた結構いい性格してるわよね」
やべっ、口に出てた。
「いや、でも遥さんはいじめられるような性格じゃないですし、それに優子も優しくて正義感もあって、いじめて来るような人間じゃないですよ」
「身内にだけ甘いってこともあるから、信用には足り得ないわね。あと学校での私のキャラは知ってるでしょ」
「まあ、女性に嫌われそうなぶりっ子キャラですけど。それにしたって服とか靴とか別にボロボロになってるところ見たことないですよ。本当にいじめられてるんですか?」
「ほんっとうにいい性格してるわよねあんた。そんな積極的なものじゃなくて、私を孤立させようとしてきてるのよ。特にあんたに近付かないようにしてる」
「私にぃ〜?」
自意識過剰じゃないかこの人。あんなキャラしてたらそりゃ孤立するでしょ。
と、思ったが確かに、私が裏を知ってるからぶりっ子に見えるだけで、表のキャラだけならそんな積極的にいじめられそうなキャラでもない気もする。
「まあ、それはともかく、私にどうしろっていうんですか?」
「いじめを止めてほしいのよ。現状程度なら別にいいけど、エスカレートすれば学校内の行動に支障が出る可能性があるわ」
「めんどくさいなあ」
「……最悪の場合抹殺もあり得るわ」
「……え?」
「例えば、学校に持ち込んでる荷物を漁って、御札を破り捨てたり、聖水を割ったり、そういうことを常習的にするようになればこちらの治安維持に支障が出るわ。そういう場合他の一般人の安全と天秤に掛けて……」
「や、やめて!」
私は思わず声を荒げる。これはきっと脅しじゃない。本気のことだ。
「私だってそんなことしたくないわ。だから、そうなる前にあなたが止めなさい」
―――
次の日、私は神無月家のバイトも一ノ瀬師匠の弓の修行も休んだ。
理由はひとつ。優子からいじめの話を聞き出すためだ。
放課後、彼方や小宮さんたちも帰って人がまばらになった頃。本当は教室で話そうと思ったが、教室にはまだ帰ってない生徒が数人いるため、廊下で話す。
話が終われば図書室にいる遥に報告をする予定になっている。
「あのさ、優子。ちょっと、ちょっと聞いちゃった話なんだけどさ」
「うん?どしたのあさひ。そんなガチガチに緊張しちゃって」
仲のいい友人にいじめをしてるか?なんてこれから聞くのだ。緊張しないわけがない。
でも、聞かないわけにもいかない。私は意を決して口を開く。
「優子が遥をいじめてるって噂聞いちゃって」
空気が凍る。優子が答える前から、答えが分かってしまう。
それでも、それでもそんなことしてないよという言葉を縋って待つ。
しかし優しく正義感のある優子は、そんなごまかしはしなかった。
「あー、うん。あさひにだけは知られたくなかったんだけど。ごめん」
「ど、どうして」
私が尋ねると、優子は丁寧に説明をしてくれた。
「初日の昼休み、案内してたじゃん。あの時さ、見ちゃったんだよね。体育館裏であいつが豹変してるとこ」
「え……」
「何話してるかは聞こえなかったけどさ、裏表があるだけならともかく、あさひ凄い落ち込んでたじゃん。初対面の相手にあんなになるまで暴言吐くような奴、ちょっと許せないなって」
私は青ざめる。優子は優しくて、正義感があるから、いじめなんてしないと思っていた。
逆だったんだ。優しくて、正義感があるから私を守ろうとして。
「ち、違うの!あれは」
「あれは?」
私は言葉に詰まってしまう。
あれは……海坊主撃退の作戦の失敗を詰められてると勘違いしてて。
遥は私を助けてくれた側の人間で。
それを説明するには妖と神無月家の話をしなくちゃいけなくて。
遥の正体の話もしなくちゃいけなくて……。
あ、あれ?あの体育館裏の会話、話せることひとつも無くない?
「……そっか。あさひ。遥は今どこにいるの?」
「え、と、図書室で待ってるけど」
「オッケー。安心してあさひ。あんなヤツには手出しはさせないから」
「えっ、ちょっ、待って!」
優子はどこかに、おそらく図書室に向かって走り出した。
最悪だ。優子は、遥が私を脅していじめを止めさせようとしたと思い込んでいる。
―――
私が図書室に着いた頃、優子は既に遥の胸ぐらを掴んでいた。
「あんたが何様のつもりか知らないけど!気に入らないなら陰湿なことしてないで直接来い!」
一方で遥は、うるさいなこいつくらいの表情しかしていなかったので私は少し安心する。
あとで弁明して、どうにかゆっくりと優子の誤解を解こう。
そう思っていた私の耳に、よくわからない言葉が飛び込む。
「呪いの御札なんてものまで使いやがって!」
「……呪いの御札?」
遥の表情が変わる。優子はカバンから、御札を取り出す。
「とぼけんな!学校のあちこちにこんなもの貼ってただろ!」
それを見た遥の表情が青ざめ、優子の持つ御札をひったくる。
「なんだ?少しは効いたか?呪いは失敗したら跳ね返ってくるって言うもんな」
「早く張り直さないと!」
御札を持って図書室から出ようとする遥を、優子が捕まえる。
「逃がすか!呪いの御札を貼り直そうったってそうはいかないわ!」
「これは呪いの御札なんかじゃないわ!これは……」
その瞬間。男性の低い声が聞こえる。
「ふむ、この女のくだらぬ正義感に付け入って結界を破壊させたが、ここまでうまくいくとはな」
「これは!学校を守る結界の御札なの!」
遥の声と同時に、窓ガラスが割れて大量のコウモリが飛び込んてきた。
「あ、あれ……なんで……な、なにこれ……!」
優子はコウモリの群れを見て、声をあげる。
「チッ!さっさと逃げるわよ」
遥が立ち上がり、私と優子を連れて図書室を出る。
しかしどこもかしこもコウモリだらけだった。
「これは、生存者がどれくらいいるかしらね」
「皆生きているとも。今コウモリたちに追いかけられ運動場へと集まっているところだ」
また低い声が響く。こいつの正体はいったい。
「君達も来たまえ。学友達を殺したくはないだろう」
私たちは声に従い、運動場へと向かった。




