第5話 巨大台風『海坊主』接近中
神無月家と提携している弓道場。
ヒュンと空気を切り裂く弦の音が鳴り、目の前の巻藁に93本目の矢が突き刺さる。
弓の練習を始めておよそ一ヶ月。
毎日の疲労は相変わらずあるものの、もう以前のように泣きわめきたくなるような背中の筋肉痛に苛まれることはなくなった。
実際の弓を持つようになってからというもの、この1日100本矢を巻藁に撃ち込む練習も、もはや見慣れた光景となっていた。
「今のはフォームが崩れてたね。カウントしないよ」
師匠である一ノ瀬くんの厳しい指導が入る。
実質的に130本くらい撃ち込むことになるのも見慣れた光景だ。早く的を狙って矢を射らせてほしい。
巻藁から矢を抜き、94本目の矢を番えようとしたその時、彼方がやって来た。
「一ノ瀬、あさひ。一旦練習を中断してくれ」
「ん?私も?」
一ノ瀬師匠はさておき、私は修行中の身。何か大きな事件がなければ呼び出しはかからないはずだ。
「今、流守町に台風が接近していることは知っているな?」
「うん。天気予報で見たよ。まだ6月なのにね。田中さんは?」
「まあ、知ってるけど。パトロール中止のお知らせでも伝えに来たの?」
おどけた尋ね方だが、そこにはそうであってほしいという願望が混ざっていた。
「いや、あの台風が妖『海坊主』であるという情報が入った」
まあ淡い願望は一撃で粉砕されたわけだけど。
「海坊主ってどんなやつなの彼方」
「本来なら船を沈める妖だが、それが上陸するわけだからな。町が水没する」
「軽く言うことか」
「大げさに言っても仕方ないだろ。大規模な作戦だから少しでも手が欲しくてな」
これ私多分また荷物持ちだな?
「話はそれだけだ。練習に戻ってもいいぞ」
私は台風当日の日にお母さんになんて言って出てこようか考えながら練習に戻り、雑念が出てると師匠に注意されるのだった。
―――
作戦当日。
私は弓道関連でどうしても外せない用事があるからと言って頭を下げ、台風の中出てきた。
お母さん達から見たら急に弓道にハマったように見えるんだろうな。自分用の弓矢まで持ってるし。
地下鉄の駅まで車で送ってくれたのに電車に乗らず神無月家に向かった時はちょっと罪悪感が湧いた。
それで今何してるかっていうと、対策本部で待機。荷物持ちすらしてない。
「彼方。これ私来る意味あった?」
「予備隊員だ。忙しいから用がないならあんまり話しかけるな」
彼方はバッサリと切り捨てて作戦指示に戻る。
普段気安く絡みに行ってるけど、神無月家の偉い人なんだよなこいつ。
師匠は弓矢部隊として別の場所で待機してるらしい。話し相手がいねえ。
ボンヤリしながら他の待機組を見ていると、見覚えのある顔が目に入った。
「ん?あ、小宮さんと鬼宮さんだ」
小学生みたいな体格で、ショートヘアな割に目が隠れている元気な女の子小宮さん。
それと対照的に体格が良くて、無口で誰も寄せ付けない空気を出している女の子鬼宮さん。
お互いを宮っちと呼び、いつでも2人一緒にいるうちのクラスの名物コンビだ。
「ここにいるってことは民間協力者なのかあの二人。声かけてこよっと」
「おいあさひ、トラブル抑止のために民間協力者の勝手な交流は禁止だぞ」
彼方が一旦手を止めて注意してくる。
そんなルールあったね。でもいいじゃんクラスメイトなんだし。
でもまあ一応従っておくことにした。後日クラスメイトとして交流してやろう。それなら止める権利はない。
「さて、そろそろ作戦が始まるから、これ持っとけ。それで作戦状況を共有するからな」
そう言って彼方はインカムを渡してきた。
「共有ったって全体の流れ知らないからどうすればいいのか分かんないわよ」
「どうすればいいのかを指示するためのものだから別に知らなくていいんだよ。まあ少し時間できたから説明してやるか」
彼方は私に全体の流れを説明し始めた。
その内容は、思わず聞かなきゃよかったと思ってしまうような、そんな内容だった。
「細かい部分はともかく、大まかな流れはそこまで難しいものじゃない。上陸した海坊主を足止めして、遠距離攻撃で仕留めるのが今回の作戦だ。お前達予備隊員はイレギュラーが起こった時の対応をしてもらうことになっている」
「イレギュラーが起こるまではやること無しってことね。こういうこと言うとなんか起こるのがお約束だけど。足止めには御札でも使うの?」
「そうならないことを祈りたいな。足止めは御札も使うが、上陸後少し進んだ流守町の一部、沿岸部の地域を爆破して陥没させるのがメインだな。進路計算も現状は完璧にできている」
あまりに自然に言うから、耳を疑う前に私は一度スルーしてしまいそうになる。
爆破?町爆破するって言ったこいつ?
「彼方……町を爆破するって、どういうこと?」
「ん?ああ、安心しろ。避難警告は早い段階で出したから、人的被害は抑えられる。頑なに拒むやつはまあ、仕方ない。どちらにしろというやつだ」
「そういうことを言っているんじゃない!建物を爆破して、住んでる人達の生活や思い出を無茶苦茶にして、それでいいのかって聞いてるの!」
「……あさひ、それこそどちらにしろだ。被害を出したいから爆破するんじゃない。被害は最小限にするために爆破するんだ」
私は彼方の言葉を聞くと、自分の弓矢を持って走り出した。
「おい!どこに行く気だ!」
被害を最小限にするため?上等だ。
なら私が全部守ってやる。この神の力で海坊主を殴り倒して、住人も、生活も、思い出も、全部!
神無月家を出て走り、海坊主のやってくる海岸へと辿り着く。
手に握っているインカムから何か音が出てるのに気付き、耳に付ける。
『……さひ!何をするつもりだ!戻ってこい!』
「彼方か。私はこれから海坊主を倒す。そうしたら町を爆破する必要はなくなる。そうよね?」
『何を言ってるんだ!今すぐ引き返せ!』
「私の中には神話クラスの神様が入ってるんでしょ?海坊主がいくら強くても神話レベルじゃないでしょ?なら私が戦う!」
『強さの問題じゃない!直接戦えば勝てるかもしれないが』
「来た!」
海の中から、40mはありそうな人の形をした影が出てくる。
説明は聞いていないけど一発で分かる。こいつが海坊主だ。
矢を番え、弓を引く。巻藁での練習しかしていないけど、これだけ大きな的相手だ。問題なく当たった。
しかし海坊主は止まりはしない。
私は弓をしまい、覚悟を決める。
やはりこいつは直接殴ってどうにかするしかない。
海坊主が砂浜に手を出し、上陸する。
私は助走をつけ、海坊主の左手を思いっきり殴った。
海坊主の左手が消し飛ぶ。
「がああああああああ!!!」
海坊主が叫び声をあげ、殺意のこもった目でこちらを睨みつける。
「き、さま……!」
海坊主は残った右腕で私に向けて拳を振るう。
普通ならぺしゃんこになってしまう一撃。しかし私なら!
「うわああああ!!」
海坊主の叫び声がさらに響く。
右腕を殴り返し、消し飛ばした。
私なら、私なら勝てる!




