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第2話 トラウマとトラウマ

一ノ瀬くんから指導を受けた次の日。

私の背中にはとんでもない筋肉痛が残っていた。


「あ、あさひ、大丈夫?」


「んぐっあ!ゆ、優子《ゆうこ》、背中は叩かないで……」


昼休み、私はというと食事も取らずに机の上で楽な姿勢を探していると友達の優子に背中を叩かれた。


「あさひ、なにかあったの?」


「バイト先でちょっと、弓の練習をね」


「弓の練習?バイトで?」


「あーうん。まあいろいろあって」


危ない。普通のバイト先だと弓の練習なんてしない。

疲れと痛みですべて白状してしまうところだった。拷問に耐える人ってすごいなぁ。


「ひょっとしてあの人?あさひに用事があるらしいけど」


「あの人……?ひいっ!」


教室の入り口の方に視線を向けると、そこには爽やかな笑顔の一ノ瀬くんがそこにいた。

一ノ瀬くんは教室の中に入り、こちらに近付いてくる。


「田中さん。バイトの話でちょっと話したいことがあるんだけど、ちょっと来てくれるかな」


「あ……あ……」


「じゃあ、田中さん借りていくね?」


「やだああああ!!!」


「あ、あさひ……」


私は背中の痛みとクラスメイトの心配の視線の中、一ノ瀬くんに教室の外へと連行された。



―――



連行された先は屋上だった。


「さてと」


一ノ瀬くんはカバンの中からゴム弓を取り出した。

学校でも?学校の中でもあの地獄の特訓させられるの?


「彼方くんが来るまでの間練習しようか」

「悪い、少し遅れた」


一ノ瀬くんの処刑宣告の直後に、彼方が助けに来てくれた。

初めてこいつのこと好きになれそうだ。


「さて、まず話すことだが、あさひ、明日からの土日空いてるんだよな?」


「空いてるの田中さん?」


「ひっ、ひっ、ひっ……」


一ノ瀬くんの言葉に私は恐怖で浅くなった呼吸をしながら、首を横に振る。

無理だ。あんな練習を土日中やったら死んでしまう。


「……お前の力を調べる身体検査をやるから、土日に来てくれ」


「い、行きます!行かせていただきます!」


「あ、そうなんだ。じゃあ今週の土日は練習できないね。また来週だ」


死への時間が来週まで先延ばしにされた。

本当に、本当によかった。


「悪いが、来週の土日も練習できるとは限らない。というか今日から日々の練習も最低限にしてもらう」


「日々の練習も?」


「彼方、もしかして何かあったの?」


練習が減る。私にとっては福音となる発言。

しかし真っ先に思い浮かぶのは妖に何かあって時間が取れなくなったということだ。

そうなれば喜ぶわけにはいかない。

そして私の予想は当たっていた。


「この前討伐したコウモリ型の妖、あれと同系統の妖が昨日6体討伐された。取り逃しも何体かいる。異常な数だ」


コウモリ型の妖。私が神無月家の民間協力者になると覚悟を決めた時の妖。

それが大量発生しているなんて。


「悪いがじっくり修行を積んでもらう時間は無い。ことが終わるまで一ノ瀬は討伐隊として、あさひはパトロールとして今日から活動してくれ」


パトロール。見つけたあとは戦わずに神無月家に連絡をする係。

今の私ができる最大の仕事。

私に空中を飛ぶ妖への対抗手段がないからだ。私が戦えれば。

さっきまでの一ノ瀬くんへの恐ろしさと、背中の筋肉痛のズキズキとした痛みでは、私の心の焦りを掻き消すのには足りなかった。



―――



その日の夕方、私はパトロールをする。

パトロールしかできない無力感に打ちひしがれて、それでもできることをしようと前を向いていた。


だが、少し遅すぎたのかもしれない。


「彼方ぁ!パトロールするまでもなくコウモリだらけなんだけど!」


私たちのいる町、流守町は30メートルも歩けばバサバサと飛んでるコウモリの妖に出会う、コウモリ地帯になっていた。

結局私は彼方の荷物持ちくらいしかできないでいる。妖相手以外は普通の女子高生だってのに。


「……妙だな?」


「そんな落ち着いて考え事する量じゃないでしょ!パトロールどころか下校中に十数匹はエンカウントしたんだけど!」


「そうだ。それだけ出会って、一度も襲われてないんだ。俺たちだけじゃなく他の民間人も」


「えっ、そうなの」


思い返せばたしかに私達は一度も襲われてないし、襲われている人を見た覚えもない。

さっき神無月家の人から報告を受けていたけど、恐らくその報告にも被害は無しということだろう。


「じゃあこいつら無害なコウモリなの?」


「いや、確かにこの前の妖と同じ妖だ。人を襲う低級の妖という性質は変わらないはずだ」


「でも襲ってこないじゃん。襲ってきたら私がぶん殴って叩き落としてやるのに」


私は荷物を右手にまとめ、左手で素振りする。

弓矢はまだ使えなくても、降りてきたところにカウンターをすれば十分戦えるはずだ。


「……こういう場合、本能を抑える理性が外付けで存在しているということだ」


「彼方、よく分かんないからもったいぶらず言って」


「多分、ボス個体がいるんだよ。そいつの指示で待機してるんだ」


彼方は珍しく不安そうにそう言った。


「ボス個体って強いの?」


「まあ強い傾向にはあるが、一番問題なのは賢いことだな。隠れてその間に成長されればさらに強くなり、さらに賢くなる。そうなればさらに狡猾に隠れ、狡猾に襲うようになる」


なるほど今こうしている間にもどんどん強くて倒しづらくなっていってるわけだ。


「……早いとこなんとかしなきゃヤバくない?」


「安心しろ、まだそんなに賢くはないようだから……お、来たぞ」


彼方はスマホに入ってきたメールを確認して走り出す。


「町外れの廃工場だ。ついてこい」


「ちょ、走るなら荷物自分で持っていけよ!」


私は彼方の荷物を持ちながら、廃工場へと走り出した。

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