第1話 田中あさひ再始動!
「さて、早速今日から講習を受けてもらうぞ」
翌日、私は彼方に呼び出されて神無月家のバイト部屋にいた。
「ええ!どんな勉強だってどんとこいよ!」
「まあそれも大事だが、弓の使い方を覚えてもらう」
「弓?」
弓を覚える必要があるの?
私パンチで妖殴り倒せるのに?
「パンチで妖殴り倒せるのに?って顔してるな」
「あ、あはは、でも実際そうでしょ?この力があれば弓なんて必要ないんじゃないの?」
「刀などで近接戦闘する機会も少なくはないが、中型や飛行能力を持つ妖を相手にすると近付くことができない場合が多い。前線で戦う形の協力者ならある程度は扱えてもらわないと困る。それとも後方支援を中心に活動するか?」
「後方支援って、例えばどんなことするの?」
「バイクの分解整備とか事件の調査とか他の組織への橋渡しとかだな」
「うん、前線でいいわ」
あの不思議パワー以外、私は普通の女子高生だ。後方で特にできることは無い。
「そうか、じゃあ弓の講師を連れてくる。あ、そうだ。今週の土日空いてるか?」
「え、うん。空いてるけど」
「わかった。じゃあ待ってろ」
そう言って彼方は部屋を出た
少しして彼方が連れて来たのは、初めて会った日の彼方から胡散臭さを取り除いたような、同学年の爽やかな男の子だった。
「講師の一ノ瀬だ。こいつの指導のもと弓の修行を積んでもらう」
「一ノ瀬です。よろしくね田中さん」
「……えー?」
見たことある顔、というか1年生の頃同じクラスだった一ノ瀬くんだ。
交流は無かったけど。
「一ノ瀬くん、神無月家だったの」
「民間協力者だよ。新しい民間協力者に弓を教える役をしてるんだ」
「近くに民間協力者いるなら彼方も教えてくれていいのに」
「悪いな。トラブルを避けるために必要のない場合民間協力者を引き合わせない決まりなんだ」
「彼方くん、カバーストーリーはバイト先が同じだった、でいいよね?」
「カバーストーリー?」
一ノ瀬くんの放つ謎の単語に私は興味を持つ。
「表では本来合うはずのない人間が合うことになるから、どういう経緯で交流することになったかを偽装するんだ。その偽装した話がカバーストーリー。今回は単純にバイト先が同じだから必要ないが、場合によっては表で実際にちょっとした事故を意図的に起こしたりする」
意図的に事故を起こす。
なんとも物騒な話だが、妖への対策としてはなんとなく納得できる。
「茹でた引っ越し蕎麦広範囲に配るカバーストーリーとかもあるの?」
「なんだそれ。隠れるためのカバーストーリーなのにそんな目立つことするわけないだろ」
もしかしてと思ったが関係ないらしい。
じゃああれマジで野生の天然か。
「じゃあ、俺はやることあるから後は頼んだぞ一ノ瀬」
「うん。任せて」
そう言って彼方はどこかへと行ってしまった。
「それで、どこで練習するの師匠」
どこかの弓道場を借りるのだろう。そう思い私は移動の準備をする。
「師匠って。今日のところはここで練習するよ」
「ここで?」
神無月家のことまだ把握しきれていないが、弓道場などあっただろうか。
そう考える私に一ノ瀬くんはカバンから木の棒の両端にゴムが付いたものを取り出した。
「うん?なにこれ」
「これはゴム弓って言ってね。大きなスペースがなくても練習ができる優れものだよ」
「師匠が作ったの?」
「市販品だよ。始めたばかりの人はこれを使って練習するんだ」
「ふーん」
私はゴム弓を受け取り、右手で思いっきり引っ張ってみる。
思ったよりも力がいる。
やっぱり妖相手以外だと普通の女の子なんだな私。
そしてそのまま手を離して
「あっ、危ない」
「えっ?」
一気に縮んだゴムが左手の腕にバシーンと当たる。
「いっ……!」
「ゴム弓は手から離さないんだ。まずは僕がやるから見ててね」
「そ、そういうことは先に言ってよ師匠……」
私はひりひりとする左腕をさすりながら一ノ瀬くんの説明を聞く。
「いい?まず脚は身長の半分ほど開いて、足先の角度は60度ほどに……」
一ノ瀬くんの所作は、素人の私から見ても惚れ惚れとするような動作で、ゴム弓なのにまるで本物の弓があるかのように思えてしまうものだった。
問題は見とれてしまったことで説明の内容がまるで頭に入ってこなかったということだ。
「わかった?」
「あ、えっと、えへへ」
「……直接指導するから、実際やってみようか」
そう言うと一ノ瀬くんはゴム弓を渡し、私の動きを指導し始めた。
「それで重心を整え終わったら次は弓構えといって、今回矢はないけど矢を持つイメージでゴムを」
「あの、師匠。少し気になることが」
「何かな?」
「これ、実戦で役に立つんですか?」
私の疑問に一ノ瀬くんは優しい表情を崩すことなく、しっかりと答えた。
「99%役に立たないよ」
「えっ」
「そりゃそうだよ。的は動かないけど妖は動くし、所作を気にしてゆっくりやってると襲われちゃうし、そもそも足場悪かったり狭かったりで今の動きが物理的に無理だったりするし、役に立てる余裕なんて経験上ほとんどないよ。僕だって時々妖退治の現場行くけどそう思う」
「や、役に立たないこと練習させられるんですか師匠」
「違うよ。99%役に立たない。1%は役に立つんだ。だから僕は手を抜くつもりはないよ。それに流石に本物の弓使う時に弦で腕をケガしないようにはしたほうがいいしね」
「師匠……」
1%役に立つ。その1%で命が助かるかもしれない。
私だけじゃなく、誰かの命も。
だから全力で指導する。それが一ノ瀬くんの戦い。
「師匠!全力でご指導、お願いします!」
「もちろん!僕はスパルタだから覚悟してね」
「はい!」
こうして私は一ノ瀬くんの指導のもと弓の練習をすることとなった。
そして私の感動は、その日帰る頃には背中の筋肉の疲労と、一ノ瀬くんの優しげな表情へのトラウマに変換されているのだった。




