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「せっかくだから、行きましょうか」
藤乃は様々な作品がある中でも、薄墨で書かれた「憩」という作品に目を奪われた。憩いの字の周りを同じく薄墨で丸く囲ってある。優しい色、心が和む。
その他にも藤乃には想像できなかった崩し字の作品が並んでいた。その時の藤乃の印象は荒々しい人だな、というものだった。人を寄せ付けない、拒絶している。威嚇しているとも言えたかもしれない。
だが個展にいた鷹虎は遠目から見てとてもにこやかだった。穏やかで、誰にも和やかに話しているように見える。
字はその人の内を表すと笙音書道会の会報誌のコラムで見たことがある。あれを書いていたのは総師範ではなかっただろうか。不思議なギャップだと思ったのを覚えている。
だがここで藤乃は「自由書」というものを知った「アート書道」ともいう。お稽古事から目標に変わった瞬間だった。
だが書家なんて不安定な仕事を両親が許すはずもなく、幼いころから通っている書道教室に通いながら実家から通える私立大学の文学部を卒業し、一般職に就いた。その頃には師範の資格を取っていた。
「書家」と名乗るのに段位はいらない。自分は書家だと言えば、今日初めて筆を執ったものでも書家なのだ。藤乃は師範資格を所有していたから、これ以上地元の先生のもとに通う必要はなく、それこそ書家として独り立ちしてもよかったのだ。
だが自信がなかった。上手な字は書ける、だが笙楽のように人を惹きつける字を書く自信はない。笙楽先生に認めてほしい、その一心で毎年選考会に送り続けた。
そして手にしたこの大きなチャンス。
「自由書がやりたいとは言いましたが、自由って何だろうって思うとよくわからないんですが」
「自由書初心者か。いいね。先が楽しみだ。自由書というのはめちゃくちゃに書くということではないんだよ。言霊っていうだろう。発した言葉には意味が乗る。紙に乗せた言葉にも意味が乗る。だからそれに逆らってはいけない。筆を下すのは君だが、文字が君を動かしてくれるよ」
抽象的過ぎて藤乃ははぁ、と小さくうなづいた。
「その前に君は線の硬さを何とかするのが先だけどね。なんにせよ笙音書道会は音楽を奏でるように楽しく書くことがたいせつだから」
その時、裏門から「失礼します」と若い男性の声がした。
行こうか、と笙楽が藤乃を離れの書道室へと促す。渡り廊下を通って、なじみの書道室に入るとテレビやSNSでよく見たことのある、四天王と呼ばれる笙歌がテーブルに書の準備をしていた。藤乃を目でとらえた瞬間、一瞬固まったような気がするが気のせいだろうか。
「今日から指導することになった笙琴だ。少し見学させてもいいかな?」




