第21話︰苦難の海路と帝国の港町
~海上・ハルフヴルグ行き定期船~
「『癒しの光』」
銀色の髪の少女の右手に、回復魔法の暖かな光が灯る。
時刻は既に深夜、操舵手と見張りを除いて、殆どが寝静まった静かな船の中、真っ青な顔をした黒い髪の男と、その彼を甲斐甲斐しく介抱する少女。
「アンタたち、まだ起きてたのね。」
「う゛ぅ、眠れねぇんだよ、クソぉ。なんだ、わざわざ俺を煽りに来たのか?うっ……」
普段は無駄に自信家で騒がしくて鬱陶しい男も、どうやら船には弱かったらしい。
しおらしくしているのが珍しくて、なんとなく声を掛けてみたが、悪態をつく余裕はまだあるようだ。回復魔法のおかげだろう。
「ミラ、そいつに付き合って寝ないつもりなの?別にアンタがそこまでしなくてもいいと思うわよ。」
「ううん、これは私がやりたくてやっている事なの。ほら、この人いっつも強がっているから、こんな風に弱気になっているの、珍しいでしょ?」
彼女は優しい手つきで膝元の黒い髪の毛を撫でる。
「あんまり良くない事だとは思っているんだけれどね、私、ちょっと嬉しいんだ。こうやってノアルさんが私に縋ってくれているのが。」
うん、純粋な慈愛の笑みと思っていた彼女の顔が、罪悪感と昏い悦びの微笑みに見えてきたのは、船内の仄暗さのせいだけでは無いだろう。
「う、うぅ……ミラぁ……すまない、もう1回頼む……」
「あっ、ごめんねノアルさん、『癒しの光』っ!」
「う……はぁ。ごめんな、ミラ……」
想像したのは、アレスの事だ。カッコよくて、大体のことはなんでもこなせてしまう彼が、何か本当に苦手な事を前にして自分に縋り付く姿。
確かにこれは、一分一秒たりとも眠っている場合ではない。思わず、想像しただけで昏い笑みが溢れそうになる。
「じゃ、ウチはもう1回寝てくるわ。夜更かしは程々にするのよ、ミラ。」
ノアルの間抜けな顔はもう少し見ておきたかったが、ミラの邪魔になりそうだったのでさっさと退散する事にした。
~ヴェーア帝国・ハルフヴルグ港~
約2日ぶりに大地へと降り立つ。陸が揺れている錯覚も、『癒しの光』によってなくなり、ついに、俺の身体は全ての調子を取り戻した。
「助かったよ、ミラ。お前のおかげで、俺はこの場所へと辿り着けた。そして……」
右手の人差し指で、ピシッと天を指すポーズ。
「ノアル・フェブリエ、完・全・復・活っ!」
うーん、反応がイマイチだ。やはりこのポーズは違うのだろうか。次に完全復活した時のために、もっとカッコイイポーズを考えておこう。
「ねぇ、バカノアル、この後もっと長い航路があること忘れていないかしら?」
「あっ……、とでも言うと思ったか!この俺が、その程度の事を想定していないとでも?」
そう、2日後に出るウォータ海底遺跡群行きの船は、1週間ほどの長い航路となる。だがしかし、だ。
「ふっふっふ、いいかいシズク君。ウォータの調査隊は主にヴェーア帝国とサンブック皇国が主導しているのだよ、使われている技術もかの魔導大国のものだ。見よ!」
少し離れた場所に見える、さっきまで乗ってきた船とはだいぶ様式の違う、黒と赤を基調としたカラーリングの大きな船を指差す。
「世界最高の魔導造船技術を誇るサンブック皇国の魔導船だ、その速度もさることながら、その真髄は揺れを抑制する技術だ!詳しい理屈までは知らないが、かつて1度乗ったことのある俺が断言しよう、あの船において、“船酔い”はもはや存在しないっ!」
「あっそ。」
シズクは興味無さそうに港を去っていった。アイクは話を聞いてから、「うおぉっ、すげえ!」と目を輝かせながら船を見に行ったようだ。そうだよ、こういう反応を期待してたんだよ。
「アレスとミラも見に行ってみるか?」
「いや、僕は遠慮しておくよ。シズクと一緒に宿を探しておくから、キミ達で見てくるといいさ。」
アレスもそう言って、町へと向かっていった。
「私は、見てみたいかも。大きな船、初めてだし。」
ミラが興味を持ってくれるのは、少し意外だった。こんな事なら、もっと細かく解説出来るようにいろいろ調べておけば良かったなと少し後悔。
「じゃあ、俺たちで見に行こうか。早く行ってあげないと、アイクが船に目を奪われて、うっかり海に落ちちまうからな。」
「ふふっ、そうだね。」
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魔導三大国、と呼ばれる3つの国がある。
魔導技術の始祖、ヴェーア帝国。兵器としての魔導技術の運用は、他の国の追随を許さず、その技術力がそのまま、世界最強と言われる帝国軍の力となっている。
冒険者ギルド本部のある、ボードリア公国。
地脈を通じて遠方とを繋ぐ、魔導転送技術に優れる。特に、小さな地脈でも情報のみであれば転送する事が可能にした魔導情報転送石板「モノリス」は、冒険者ギルドのシステムを支える要となっている。
そして極東の島国、サンブック皇国。魔導造船技術に非常に優れ、かつての戦争では全長260mをも超える、世界最大の超巨大戦艦を造り上げたという伝説が残っている。
「これが、そのサンブック皇国製の魔導船だ。件の魔導戦艦ほどではないが、それでも他の国じゃあ中々造れない規模の輸送船だ。」
黒と赤で塗装された、巨大な鉄の船体を見上げる。帆はなく、風ではなく積まれた魔導機関により推進力を生み出す魔導船。
特に迫力があるのが、海棲の魔獣を撃退する為に取り付けられたという大口径の魔導三連砲だ。
「なぁマスター、あれ本当に使うのか?」
「北の海は大型の魔獣が多いらしいからな。なんなら俺たちがさっきまで乗ってた船よりもデカい魔獣が出たことさえあるらしいぞ。」
まぁ、それでも「白鯨」か「クラーケン」辺りが出ない限りアレを撃つところは拝めないだろうけれどな、と付け足す。そいつらが稀にでも出現する海域、というだけでもあの武装が過剰という事はない訳だが。
「っと、そろそろ行こうか。」
いつの間にか日が傾き、水平線近くで燃えるような夕焼けの色を放っている。ヴェーアの町なら問題無いだろうが、一応暗くなる前に宿に向かおう、と俺たちは港から町へと歩き出した。
~港町ハルフヴルグ~
ヴェーア帝国最大の港、ハルフヴルグ。その港町は、夜すら動き続ける。
魔導灯に照らされた街並みは多くの人や馬車が行き交い、昼間に負けぬ喧騒を生み出す。
アレス、シズクと合流し、宿に荷物を預けた俺たちは、せっかくだからとこの夜の街を散策する事にした。
「んいひへほふへぇはぁ、んっ(ゴクン)、この町はよぉ。こんな時間までたくさん店が開いてるところなんて初めてだぜ。」
ヴェーア名物のスパイスのよく効いた腸詰めを食べながら、アイクが感想を口にする。
「口に入れたまま喋んな。まぁでも、初めてだと驚くよな。ヴェーア帝国のデカい町は大抵こうだ。なんなら帝都まで行けば一晩中灯りがついて、文字通り眠らない街だって話だぞ。」
いつか帝都にも行ってみたいものだな、と考えながら、俺も腸詰めを口にする。さっきそこの屋台で買ったものだ。
……っ!
美味い!
閉じ込められた肉汁が、噛んだ瞬間爆ぜるように溢れ出し、凝縮された旨みが一気に口の中へ溶けてゆく。
それと同時に、スパイスとハーブの香りが鼻の奥を刺激し、舌で感じた旨味をさらに増幅させる。
素晴らしい!
「最高だ!やはりヴェーアに来たからにはこの腸詰めを食べない訳にはいかないな!」
「大袈裟ね、そんなに美味しいかしら、これ。」
シズクは不思議そうな顔をしながら同じ腸詰めを齧り、首を傾げている。独特な香りの強いものだから、好き嫌いは分かれるのだろう、彼女にはあまり刺さらなかったみたいだ。
「ミラはどうだった?」
「うん、すっごく美味しかったよ!保存が効くみたいだし、帰りにいくつか買って帰ろうね。」
「もちろんだ!ミラ、やっぱお前は分かってくれると信じてたぜ!」
ふーっ、と息を吹きかけて冷ましながら、少しずつ腸詰めを食べるミラから肯定の言葉が得られてほっとする。
アレスは、まぁ聞くまでもないだろう。あいつは辛いもの以外は特段嫌いなものも無ければ好きな物も無い。食えるか食えないか、辛いか辛くないか、くらいしか食べ物に求めていないのではないか、と思うほどだ。
ひと口食べた後、どこからか取り出した辛そうな色のソースをかけている辺り、この程度のスパイスでは物足りなかったのだろう。
その後、もう少し町を見て回ってから、俺たちは宿へと戻った。




