第15話︰フュージアの6日間①
~迷宮街フュージア・伝承者の家~
「よぉ、カタリーベの爺さん、また来たぜ。」
「おぉノアル君か、悪いのぉ、お前さんの槍についてはやはり何も分からんままじゃ。」
冒険者ギルド支部のすぐ近く、冒険者向けの店や宿が建ち並ぶ一帯に、一軒だけ場違いな、小さな民家がある。
伝承者の家。
「伝承者」と呼ばれる、世界各地の伝承を集めた者がそこに住んでいる。彼らは冒険者ギルドと契約し、伝承武器を持ってそこを訪れた冒険者に、無償でその武器に関する伝承を語り聞かせる。
大抵の迷宮街の冒険者ギルド支部の近くには、こういった家があるものだ。
「いや、今回は別件だ。アイク、剣を。」
「おう。」
彼らとて、世界中全ての伝承を知り尽くしている訳ではない。故に、冒険者は幾多の街の伝承者を訪れ、己の武器の伝承を知る者を探すのだ。
「ふむ、この剣、お前さんらが新しく手に入れた伝承武器じゃな。」
「あぁ、爺さんの知ってる剣か?」
「うーむ、こいつは恐らく、永遠剣デュランダルじゃな。」
どうやら今回は一発で当たりを引いたらしい。相当ツイてるな。
「じゃがのぉ、儂はこの剣の伝承を語ることは出来ぬ。その剣を知っていたのは、かつて儂の孫が調べていた剣だったからじゃ。」
「爺さん孫いたのか。そいつも伝承者に?」
「いいや、儂の孫ナガトークは、考古学者とやらをやっておる。もしかすると、今や儂より集めた伝承は多いかも知れんのぉ。」
つまり、そのナガトークという考古学者に会えば、この剣の伝承を知れるというわけだ。
「今はどこにいるか、知ってるか?」
「前に手紙を寄越してきた時は、ウォータ海底遺跡群の調査隊に参加すると書いてあったのぉ。まだそこに居るんじゃなかろうか。」
~冒険者クラン「バベルブリゲード」仮拠点~
「と、言うわけで、俺とアイクはウォータ海底遺跡群調査隊基地に向かう事にしたんだが、一緒に来るやつはいるか?出発は6日後だ。」
クランの仮拠点にしている大部屋に、本拠点組の3人を除いたメンバーを集め、呼びかける。
「えと、私も行っていいですか?」
ミラが手を挙げ、参加を希望する。
「もちろんだ。ミラが居てくれるととても心強いよ。」
「嬉しいけど、回復魔法があるからって、あんまり無茶な戦い方ばっかりしないでね?」
「はい。」
心の中を見透かされた気分だ。彼女が参加してくれるなら、多少の怪我なら無視出来るな、とか考えていた。
「他にはいるかー?」
…………。
皆、あまり乗る気ではないようだ。
「ま、長期間拘束される上、長期依頼のような高額報酬がある訳でもない遠征なんて、そう行きたいヤツはいないよな。」
「残念だったね、ノアル。まぁ、キミたち3人でも大抵の問題は片付けられるさ、頑張ってね。」
アレスがそっと肩を叩いて、他人事のように声を掛けてくる。
「いや、アレスは強制参加だぞ。」
「えっ?」
「忘れたのか、借金が10万サクルを超えている間は、冒険者としての活動は俺の指示に従ってもらう約束だろ。」
「あっ。」
思い出したようだ。コイツの現在の借金は、14万サクル。少しの間はこき使わせて貰おう。
「アレスが行くならウチも行くわ!」
「なんだよそれ……。」
ここにきてシズクも参加を表明。
まぁ、理由はともあれ彼女は戦力としては申し分ない。
「よーし、他には居ないな。じゃあ、参加するメンバーは6日後までに準備を済ませておくように、解散。」
こうして、ウォータ海底遺跡群調査隊基地への遠征メンバーが決定した。
~1日目・冒険者クラン「バベルブリゲード」仮拠点~
「ふんっふふ〜ん♪アレス、いるかしら?」
鼻歌を歌いながら、機嫌良さそうなシズクさんが、ばーんと扉を開けて入ってきた。
「アレスさんなら、修練場じゃないかな。ノアルさんと一緒に、うちのクランの中級位の子たちに稽古をつけてあげてると思うよ。」
冒険者は、基本的には所属しているクランのランクで評価され、受けられる依頼などが決められる。
しかし、それとは別で、その冒険者個人の能力を示す、「個人階級」というものがある。
下から順に「初級位」、「中級位」、「上級位」、「高名位」、「英雄位」、「伝説位」。
ノアルさんとアレスさんが高名位で、私とアイクくん、シズクさんが上級位、他のこの街にいるメンバーは皆、中級位の冒険者だ。
アレスさんも一緒に行くのは珍しいが、ノアルさんはよく、クランメンバーに稽古をつけている。私やアイクくんも、ノアルさんに戦い方を教わった。
「そう、ありがとうね、ミラ。」
そう言って、彼女は去っていった。
~迷宮街フュージア・修練場~
冒険者ギルドに併設されている修練場は、Cランク以上のクランが申請すれば自由に使用できる。
「《剣撃》っ!」
亜麻色の髪の少年が、剣に魔力を纏い、黒い髪の男に斬り掛かる。確か、彼は……
「そんなものか、マリウス!その程度じゃあまだまだ上級位は遠いぞ!」
そうだ、マリウスだ。マリウス・マルシウス。
うちのクランに所属している、新進気鋭の若き駆け出し冒険者。ウチが距離感近めな感じで話しかけてみた時の反応が、とても初で可愛らしかったのが、印象に残っている。
マリウスの剣を軽くいなしながら、彼がギリギリ対処出来るくらいの攻撃を、黒い髪の男、ノアルが槍で繰り出していく。
それらを必死に捌きながら、マリウスは果敢に攻める。
「やぁ、シズク。キミもノアルに呼ばれたのかい?」
「アレスっ!そ、そんなところ……じゃないけど。ミラに聞いて、様子を見に来ただけよ。」
あんたに会いに来ただけ、とは言えず、咄嗟に肯定しかけたが、すぐに破綻する嘘だったので適当に誤魔化した。
「彼、なかなか筋はいいでしょ。きっとすぐに、今のアイクくらいの強さにはなるさ。そうしたら、僕たちと一緒に高難易度依頼や迷宮の深層にだって行けるようになる。楽しみだよ。」
「そうね。」
そう話している間にも、マリウスは少しずつ追い詰められていく。ノアルの攻撃の頻度が少しずつ上がっていくにつれて、マリウスは防戦一方になっていき、無理な体勢で槍を受け止め、そのまま体勢を崩した。
「終わりか?」
「まだですっ!」
槍の一撃を回避すると同時に、後ろに大きく跳んで距離を取り、体勢を立て直す。
マリウスが、何かを決意したように表情を引き締め、今まで以上に身体と剣に魔力を乗せ、ノアルに再び斬り掛かる。
魔力の乗りはいい。剣筋も鋭い。でも、
「はあぁぁぁっ、《剣撃》っ!」
「……そこまでか。」
剣に勢いが乗り切る前に、刀身の付け根辺りを槍で弾かれたことで、彼の剣はその手から弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。
「そんな……。」
渾身の一撃に失敗したマリウスは、見るからに落ち込んでいる。
「マリウス、今、何を思って剣を振った?」
「自分は、ノアル先生に認めてもらえる一撃にしようって。だから、その気持ちを全部込めて振りました!」
「だから、負けた。」
「えっ?」
「いいか、剣に“想い”だとかそういうのを乗せるな。さっきの《剣撃》、威力だけは僅かに上がっていたが、魔力の流れや目線の動きで狙いが分かりやすすぎる。恐らくは魔力効率も大幅に落ちていただろう。その前の一撃の方がよほどマシだったな。」
極論だ。そもそも、戦闘において感情を一切排除するなんて、不可能に等しい。恐怖や弱気、負の感情を打ち消す為に、勇気、決意、そういった正の感情を心に宿して戦う。少なくとも、ウチの知っている戦士は、だいたいそうしていた。
「彼は、ノアルにはそれが出来るんだよ。普段はとても感情的なのに、いざ戦闘となれば、常に理性でのみ身体を動かす。恐怖も、痛みも、感じてはいるのに、それらを動作に一切反映させない。凄いよね。」
アレスの語るノアルのその特異性は、確かに戦闘においてとても有利になるものだ。でも、弱点もある。
気に入らない。感情を否定する、その戦い方が。
ふと、ちょうど手の届きそうなところにある模擬戦用の剣が、目に入った。
刃が潰されて、魔力の乗りが制限された、非殺傷用の剣。
気配を消して、その剣を手に取り、死角からノアルに向けて剣を叩きつける。
「っ!」
ノアルが気付いた時にはもう遅く、一切反応が間に合わないままノアル・フェブリエはウチの剣に殴り飛ばされた。




