第94話 ジュリア・カメロン
国立学園が、騎士と魔法師の養成目的から、名実ともに国の教育機関に変わろうとしている。
その制度改革にライアン侯爵は関心を失い、自分が育てて来た学園は既に無いと思って切り捨てていた。
だから、学園の編成会議に顔を出す事もなく、ひたすらダンジョン攻略を楽しんでいた。
一方で、経済的な苦境に苦しむ北部エリアのモーリン公爵は、早速、学園への負担金拠出を拒否して、中学制度を5年制に変更した。
要は国立学園に頼る必要はなく、自領の教育に力を注いで、若者の流出を防ごうと考えた。
だが、各領主の義務としての国税、つまり、王城予算と宮廷予算を断る事はできない。
それは連邦からの離脱を意味するからだ。
連邦国の王は、北部、西部、東部、南部の1代限りの持ち回り制によって成り立っている。
だがその権限は、対外的な外交にしか及ばない外務省みたいなものだ。
男爵の陞爵申請も不認可になった事はないし、王家に拒否をする権限はない。
東西南北の各エリア間の仲裁がせいぜいであった。
現在の王家は西部出身。次代は東部なので、東部は連邦維持を優先するだろう。
ライアン侯爵邸の資料によれば、北部エリアに関して、以下のように分析がされている。
モーリン公爵家:北部エリアの領主。
公爵家の経済は、海岸線に住まうセイウチを捕獲して、その肉を交換交易の材料にしている。
セイウチの牙は工芸用に使用されているが、需要はほぼ無い。
セイウチは体長4m、体重1000㎏を超える。冷凍肉は自領で消費され、乾燥肉は交易品になる。
北海の氷が解けセイウチ漁が終わると、海底の貝類採取が始まるが、環境が厳しく、漁民は少ない。
コート侯爵:主に治安部隊として活動しており、徴税、越境の取締りを任務としている。
北部の環境が厳しいため、外からの侵略の歴史は無く、戦闘力は未知数。
他エリアの領主と異なり、戦闘団として男爵家を抱える経済力はない。
スコット子爵:犬ぞりを考案して、極寒の地の物流を変えたと言われる一族。
西部エリアの燃える水、南部エリアのスクロール、東部エリアの葡萄酒を、自領の肉加工品と交換交易をするとともに、これらの特産品の交易拠点を各地に設け、手広く商売をしている。
配下に輸送隊のジョーンズ男爵、カメロン男爵、アレン男爵を有する。
北部エリアは税収が少なく、コート侯爵に徴税を任せていて税を中抜きされている疑惑もある。
漁民に対する優遇政策もなく、全くダメダメな内政だ。
物流を事業としているスコット子爵だけは、見どころがあるようだ。
そんな足並みのそろわない混乱した学園で2学期の期末テストが行われた。
前期は俺ではないアキュラの成績だったから、今回が初めてのテストと言える。
前の世界で総合学科2年、プログラムと簿記の授業を取っていた俺に、学園の問題が解けないはずがなかった。
テストが終わったあと、しばらくすると学期間の休みに入った。
ライアン邸に2頭引きの馬車が来たので、寮の荷物を取り出して、面接機で報告を済ませた。
オードリー研究員もこの時期、レンタル馬車を使って荷物を研究所に送り込んでいる。
そんなバタバタした学園に夕陽が差して、長い影が女子寮からグラウンドまで伸びていた。
たくさんの荷物に囲まれた女子が、女子寮の前で困ったようすで立っていた。
聞けば、北部エリアのカメロン男爵家、ジュリア・カメロンだと名乗ったのだが…
「ん? カメロン?…カメロン男爵なら、南部エリア担当の輸送隊でしょう?」
「はい。よく御存知で…」
「だったら荷馬車が手配できないはずはないし…もう日が暮れるし、困ったですね…」
「……」
「では、少し待っていて下さい。手配をしてみます」
「よろしくお願いします」
一旦屋敷に戻り、ライアン侯爵に相談をした。
「お爺さん、カメロン男爵家の娘さんが学園で馬車が来なくて困っているんですが、うちの馬車で空いている家まで荷物を運んであげてもいいでしょうか? もちろん迎えがくるまで空き家に住んでもらう事になりますけど…」
「なに? カメロン男爵家か。是非取り込んでおきたい相手だ。早く運ばせよう。セバス!」
そんなこんなで、木材運搬用の荷馬車2台に職人が4人と俺が乗り込んで、学園に向かった。
「お待たせ~ 」
「ありがとうございます! それにしても大勢の方に来て頂いて…どこに行くんですか?」
「この近くにライアン侯爵所有の空き家が数軒ありましてね。そこに一旦泊まって頂く事にしました」
「おい!荷物を積み終わったら、だれか一人ここで馬車が来るのを待っててくれ。門が閉まる時間までに来なかったら、屋敷に戻ってくれ」
「へい、了解しやした!」
彼女は、会話する人物の顔を追って、右を向いたり、左を向いたりしていたが、最後に俺に
「私はどうしたらいいでしょうか…お金とか…それほど持ってないんですけど…」
「大丈夫ですよ、ライアン侯爵の指示ですから」
なぐさめになったかどうかは定かではないが、とりあえず馭者の隣に座って行き先を見ていた。
歩いて20分の距離だが、荷馬車でも大して変わらない。
ロータリーから外れて、屋敷の裏手に回ると、1軒の家に明かりがついていて、玄関にはセバスとイスラが立っていた。
セバス
「とりあえず、タンスは使えるように置いていきますよ。職人さん、家具を柱に当てないようにね」
イスラ
「お嬢さん、どこに置けばいいかを教えてくださいね」
タンスの中身は竹籠に入れてあるようで、タンス自身はそれほど重くない。
材木職人は、指示された場所に段ボールでも置くように、軽々と置いていく。
大工職人は、テーブルと椅子をどこからか持ってきて、置いていった。
あっと言う間に、引っ越しが完成したようだ。
「さあさあ、お嬢さん、旦那様のところにご挨拶に行きましょう」
侍女のイスラに先導されて、カメロン嬢は連れていかれた。
「みんなご苦労さん、ありがとう」
「いえいえ。もしかして、アキュラさまの奥様候補なんですかい?」
「いや、違うから」
エミリーが呼びに来たので、俺も屋敷に戻った。
食堂から会話が聞こえてきた。
「おぉ、アキュラ、ご苦労であった」
「いえ、私は大した事はしていません。それより輸送隊の馬車はどうなったんでしょうね…まもなく学園の門が閉まる時間ですが…」
「ここで考えていても、何も分からん。ともかく、夕食にしよう」
侯爵の一言で、夕食の準備が始められた。
お客様が居るので、執事と侍女は、このあと別室で食事をとるらしい。
セバスとイスラが部屋を出ると、おばさん2人とエミリーが配膳を始めた。
食事が始まり、しばらくすると
「実は、カメロン嬢に宿泊頂く部屋は、アキュラが設計した部屋でね。近代的な設計が自慢の家です。是非、使いやすい間取りや生活のしやすさを確かめて帰って頂きたいと思っている」
「えっ、アキュラ様が家を設計されたのですか?」
「あ、はい」
侯爵が手をあげると、セバスがカタログを持って来て、カメロン嬢の横に置いた。
「後ほど、部屋でゆっくりと確認頂きたい」
(セールスが目的だったのか…)




