第91話 オードリー講師
ここからしばらく石本章の話が続きます
ライアン研究所の会議室にて、相談している俺と侯爵と所長。
「とにかくミスリル線の改良を行う必要があるのですが、所員はあの2人だけですか?」
「いや、他に2人いたのだが…」
「それは学園に出向しているオードリー講師の事ですか?」
「そうか…学園で面識があるのだな?」
「はい、先日の魔法講義の際に、研究所の白衣を着ておられたので気が付きました」
「それならば話が早い。オードリーには学園内にも研究室を与えてあるから、そこで彼女と協力して新しいミスリルインクを開発してくれ」
「はい。正直、ここは遠いですから学園で研究できるのは助かります。では所長からその旨の通達をオードリー講師に出しておいて下さい。お願いします」
「わかりましたわ」
「ところで、彼女はどうして学園に出向しているのです?」
「うむ。ジュリアとヒューゴが複製品の量産を成功させたあと、更なるスクロールの複製のために採用したのがオードリーだ。彼女の生真面目な性格から秘密保持に問題無いと思われたのだが、お前の母シャーロットと共にリモージュ王国から来たブラウンという男に騙され、話してはならぬ事まで話し、渡してはならぬスクロールも譲渡していたのだ」
「夜中に王都を歩くブラウンに警ら中の騎士団員が職務質問を行い、所持品からわしの元へと連行されて来たのだ。尋問で、スクロールを入手し実家の商家の切り札にするつもりであったと、また、長男を出し抜いて跡取りに収まるつもりだったと言っておった。『オードリーと結婚するつもりだった』とも言っておったが、実は隣国に妻の存在が確認されての…その後の尋問中に、奴は事切れた」
「オードリー自身は生真面目な性格の者だが、規定を破った以上、研究所には置けず学園講師という閑職に付けたのだ。だがもう5年も経っている。新たな主人の元で役に立ってもらおうと思う」
「なるほど…まだ30過ぎにしか見えませんし…人生これからでしょうね」
「もう一人、男もいたのだが、そやつもスクロールを盗んで飲み屋の女と逃げたのだが、翌日には東部エリアの保税倉庫前で、死体で発見されたよ」
「研究所員は狙われるのですね…」
「うむ。たかが魔法スクロールのために命もな…」
ミスリルインクは、羊皮紙の上に書かれた魔力を流すための材料だが、ミスリル金属を線状に細く敷いただけでは曲げに弱く、やはり物理的に切れてしまう。
そこで紙の組織内に染みこむ液状の物質に、ミスリルの粉末を混ぜて『インク』としたものだ。
現実に羊皮紙に魔法陣が描かれ、魔力を流す事で、インク諸共魔法になるスクロールがあるのだから、複製品を作れるだろうと研究されてきた。
いままではミスリル金属粉を魔物の血に混ぜて、時間経過で血が凝固して使えていたのだが、大きな魔力量は流せない事が判明した。
俺は魔物の血ではなく、別の物を使ってみたかった。
2学期もあと1週間となった12月中旬。
学園では期末試験が始まった。
今日は『貴族法』の試験だ。
1学期に同じ貴族法の試験が有って、合格点を取っているのだが、何度受けても構わない。
点数が良ければ、更新されるしくみなのだ。
試験が終わり、食堂の面談BOXからオードリー講師を呼び出した。
「はい、オードリーです。あらっグラハムくん!」
「こんにちは。所長から通達が来てると思うけど、俺と一緒にミスリルインクの改良を手伝ってほしいんだ」
「あ~ はい。問題はありません。では、そちらに迎えに行きますね」
そういって通話は切れたが、画面の背景から判断すると教務員室ではなく、研究室から応答したようだ。
ここは学園の厚生棟で平屋の建物。
学園の女子寮は人が少ないので、おそらく研究室は寮の一部を改造して作られているのだろう。
「グラハムく~ん! こっちこっち」
声のする方向を見ると、女子寮に近い入口から『おっとり姉さん』という印象の彼女が近づいて来た。
彼女は7年前に採用された最も若い研究員で、常に下っ端のように扱われて来た。
だが今では逆に、28歳という若さを活かして、学園の魔法講師を担当しながら、独立した研究室を持っているのだから、労働環境としては申し分ないと思う。
「こちらです」
案内されたのは、やはり女子寮の1階、それも寮長の隣の部屋2つが彼女に与えられた部屋だ。
「もしかして、寮長が帰宅したあと、寮長代理をしているとか?」
「ご存知でしたか~」
「いや、知らないけど、場所的にそうなのかな…と思っただけさ」
彼女の部屋の前で立ち話をしていると、寮長が見回りから戻ってきた。
「おや、お客さんかい?」
「はい、こちらはライアン侯爵のお孫さんでアキュラさんです。学園の1年生ですが私と共同研究をするんです」
「ライアン研究所が遠いので、こちらの研究室で共同研究をすることになりました。よろしくお願いします」
寮長は驚いた顔をして
「こ、侯爵のお孫さんでしたか…こちらこそお世話になってます」
女子寮の寮長との挨拶を済ませ、1つ隣の部屋に入ると、そこが彼女の研究室であった。




