第84話 ライアン研究所
次回は翌土曜日の予定です。
実は、アドラン連邦成立前も、成立後も、地域間の紛争などは発生していない。
それと言うのも、北部エリア領主は寒さ厳しい北海の海岸線に住まうセイウチを捕獲して、その肉などが主な産品であり、他領との交易なしでは生活は出来ない。
現王家の西部エリア領主は、西側の砂漠の一部から湧き出す『燃える水』が唯一の資源。
だが、煙が多く発生するため、それほど利用は進んでいない。
しかも砂漠にはサンドワームという魔物が居て、砂漠の西にあるソフィア皇国との交易でさえ困難なのだ。
東部エリアは緑豊かな地域で馬の繁殖、果樹園なども盛んで、葡萄酒の産地でもある。
唯一安定した気候風土の地域だが、それだけに少数民族も多く、内部紛争の絶えない地域であった。
実際、それぞれの領主には未開の土地も多く、とても他の領地を奪いにいく余裕などはなかった。
だが南部エリアには他の地域と異なる事があった。
フット連山の麓に魔物が生息する洞穴が発見されたのだ。
当初、森に出現した異様な小人族と戦った狩人たちがライアン侯爵に状況を報告し、騎士団が捜索したところ、森の奥から小人族が出て来る洞穴を発見した。
このダンジョンという場所では、死骸を放置するといつの間にか魔石だけを残し、床面に吸収されてしまう。
逆に欲しければ、角や毛皮などいくらでも採取すれば良いだけだが、肉は食えたものではないらしい。
そんな不思議空間に取り憑かれたようにのめり込んでいったライアン侯爵とその部下たち。
しかもライアン侯爵には鑑定というか、探索に向いたスキルがあるようで、ダンジョンの隠し扉や、宝箱の隠し場所を探り当てる特技を持っていた。
そしていつしか、宝箱の中から魔法スクロールや魔法水晶を得るに至る。
魔物あふれを魔法水晶で撃退した現場を見た者は、騎士団以外はほぼいないため、その威力は想像でしかないが、それでもライアン侯爵に逆らおうとする者は、連邦国にはいなかったのは事実だ。
しかも数年後には、その魔法スクロールの複製に成功したという噂が宮廷官僚から4公爵にもたらされた。
それが『ライアン研究所』だという。
はじめは、ライアンの亡くなった妻であるソフィー・スコットの実家にだけ、こっそりと売られていた魔法スクロールの複製品だが、次第に北部や東部にもスコット子爵家から横流しされるようになっていた。
どうせそんな事になるだろうと、ファイアー系とウォーター系などしか譲渡せず、アイス系とロックバレットなどの複製品は秘匿していたのだが、アキュラの解読した高威力での発動ができない事が判明した。
つまり、他の領主に売る魔法スクロールを複製品に限定しておけば、我々にとって脅威にはならないという事だ。
アキュラは最近、屋敷内の人が増えたこともあり、『おじい様』と呼び方を変えていた。
「おじい様、しかし本物のスクロールはそれほど多くないのではありませんか?」
「うむ、確かに。最近はわしもダンジョンには潜らなくなって久しいからの…」
「では、ミスリル線のインクを改良しなくてはいけませんね…」
「ならばライアン研究所を紹介するかの…」
ライアン研究所は魔物戦の経験から、ダンジョン産の魔法スクロールを消費するばかりでは、次回に魔物あふれが発生した際に手持ちスクロールが尽きてしまう事を恐れて、スクロールの複製を目的に作られた施設だ。
スクロールは、戦略物資との認識であり、防護砦のすぐ後方に建設され、軍事施設に指定されている。
研究所に出入りできる者はライアン侯爵の許可を受けた者だけであり、職員の行動は監視される。
研究所に採用された者は、秘密保持契約に縛られ、資料の類は研究所から持ち出す事はできない。
魔法陣の書かれた羊皮紙、魔法スクロールは、発動者の脳裏に効果範囲を示すものがある事から、この魔法スクロールの魔法陣を一部削り、自分達の製造したインクを用いて修復して、発動可能かどうかの研究からスタートした。
ライアン侯爵は3属性の特性持ち。
所長として、毎日、実験に参加して魔力が枯渇するまで働いた。
水属性が使えるクロエ魔法師が、所長の欠点を補佐した。
魔法陣を書くために必要なミスリル線の開発に、所長とともに昼夜を問わずに実験を繰り返した。
魔法が発動しても、途中で線が切れてしまうと不発になるが、魔力は既に魔法力に変換されていて、消費された魔力は戻らない。
それは、発動を途中でやめても同じだけ魔力は消費してしまう。
所長が30回、クロエ魔法師が12回テストすると魔力が枯渇状態になった。
ミスリル希釈用の魔物の種類を変え、大きさを変え、新たなミスリル線を作る。
魔物の血に含まれる魔力が多ければ多いほど、魔力の通る量は多くなった。
そして約1年後、ミスリルインクの開発に成功した侯爵とクロエだが、ふたりはインクの研究に専念する事とし、複製品の量産のためジュリア(女性)とヒューゴ(男性)の魔法師夫婦が採用された。
複製品は、ボール系、アロー系、ウォール系と、段々と魔力消費量は増えていき、ミスリル線が断線するたびにミスリルインクに流せる魔力量も改良が加えられてきた。
郊外にある建物は馬車での出入りが基本になる。
したがって街道から直角に入ってしばらくした所に研究所の門扉はある。
ここは軍事施設の扱いなので門扉前には守衛所があり、砦と同じく騎士団員が常駐している。
入口ゲートでチェックを受け、常時閉まっている大きな鉄製門扉が片側だけ開く。
左側通行で馬車を中に入れると大きな馬車駐車場があった。
魔法スクロールの量産が軌道に乗ったころ、研究所の隣に倉庫を建設し、そこに武器、防具、スコップ、ランプなど部隊が必要とする道具や、油、穀物、樽などの消耗品類が倉庫に入れられ、厳重に入出庫管理がされるようになった。
「ここがライアン研究所じゃ。わしが1年間、寝食を忘れて研究に没頭した場所じゃ」
「あら、寝食を忘れたのは、魔物狩りじゃなかったかしら…」
いつのまにか研究所の入口に来ていた女性が、クロエ上級研究員なのだろう。
「おぉ!クロエか…ま~そんな時もあったかも知れん…ははは。彼女が今の所長、クロエじゃ」
「そして、こやつがアキュラ。わしの後継者じゃ。よろしく頼む…」
「まぁ~ こちらこそ、よろしくお願いします。アキュラさま」
抱き合う2人の紹介に、俺は挨拶を言いそびれていた。
「アキュラです。よろしくお願いします」
建物内部は、入ったすぐの所がいきなりロッカールーム。
ここで作業着に着替えて、カバン類など持ち込めない物や、持ち出せない物をロッカーに収納する。
ロッカールームを出ると食堂のような空間で、4人掛けテーブルが4つと、突き当りにカウンターがあり、その向こう側がキッチンになっていた。
自分で料理するも良いし、防護砦からスープとパンが持ち込まれるので、それを食べても良い。
食堂の他には会議室、応接室、所長室があり、右側には研究室が続く。
2階は各自の部屋になっていて、シャワーもトイレもあるし、広めの夫婦の部屋もあるらしい。
その会議室でクロエ所長に『正しいスクロールの使い方』を説明した。
意識せずに魔法陣に魔力を流すと照準が現れて1秒後に発動する従来の発動方法になるが、起動部から魔力を入れると加速度を含め高威力での発動が可能になる。
そしてそれは、現状の複製品ではミスリル線が切れて発動できない事も説明した。




