第80話 アキュラホーム
約1か月で裏庭に組み上がった長細い倉庫。
俺は思う事があり、同じ建物をもう1棟建ててもらえるようにライアン爺さんにお願いした。
「ほう~ 弓の練習でもするのか… まあ良い。いずれ1棟では足らんのだ。早めに作る事にしよう」
そう言って手配をしてくれて、再び、建設工事が始まった。
その間も木こり職人が2人来て、毎日木を伐採しては枝を払い、長さ10m程度で揃えて倉庫内に置かれていく。
その木材置き場の倉庫に耐熱レンガを入れてもらった。
そして仕入れてもらった大型のカエル、サンドワームなどの魔物素材を倉庫に入れる。
カエルは長い舌で獲物を捕食するのだが、その粘着液を採集している。
サンドワームの輪切素材は、内部に同じく粘着質の皮下組織が厚い層をなしていて、これを採集している。
どちらも加熱すると固まる事が確認されているので、これを使って接着剤を作る。
第二科目の『生物と魔物』の学習の成果だと言える。
まずは、耐熱レンガと接着剤を使って、長さ20mのトンネルを作っていく。
天井部分をアーチ形にするため、枝打ちで落とした細い木と紐を使って『いかだ』を作る。
このアーチ形のいかだの上に耐熱レンガを積むと、本物の天井ができる。
さて、ここからが問題だ。
ライアン爺さんとセバス、イスラを相手に屋敷の会議室で木材乾燥の講義でもするか…。
「レンガの小屋を何に使うのか、それを説明したいだと…?」
「はい」
「うむ、では聞こう」
「木材の主要成分は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの3種類です」
「おい、アキュラ。木材の成分って…木だろ?」
ライアン爺さんだけでなく、セバスとイスラも『えっ?』という表情だ。
「早い話が、木は高い温度にしていくと柔らかくなるんです。そしてそれを急激に乾燥させると、割れずに乾くんです。あのレンガの小屋はそういう装置です」
「うむ、そういう話なら理解はできる…だが説明はいらん。やってみなさい」
あらら…丸投げか…仕方ない。
そういう事で『高温低湿乾燥法』による建築資材の製造を始めた。
木こり2名の他、木工関連の職人を4名雇い、皮を剥いてトンネルに入れ、湯を沸かして蒸気を発生させる。
欲しいのは気化した蒸気であって、目に見える湯気ではない。
この気化した蒸気が水分に変化する時、蒸発潜熱とは逆に、木材に大きな熱量を与える。
木材の針金にあたる成分のヘミセルロースが60℃前後から、コンクリートにあたる成分のリグニンが80℃前後から軟化し始めるため、濡れた木材の温度を高くするほど、木材は僅かずつ伸びやすくなる。
その後、魔法師の風魔法によって蒸気を飛ばし、急速に乾燥をさせる。
表面を一気に乾かすことで、表層には大きな引張力が働くが、ゴム状に軟化しているために何とか割れずに、伸びて耐えているといったイメージだ。
中には、引張力に耐えられず割れる場合もあるが、この表面割れは、乾燥の後半になり内部が乾きだすと逆に内部に引張力が、表層に圧縮力が働くようになり、閉じていく。
これからは、太い木材はそのままで、細い木材は集成材にして、家を建てる材料にする。
セバスとイスラに報告すると、2人はすぐにライアン侯爵の執務室に向かった。
「大変です!侯爵さま。木材の乾燥機が出来まして、年単位でなく週単位で乾燥ができます」
「は~? それなら急いで大工の手配が必要ではないか!」
「それと各地の者に、すぐに引越しの準備に掛かるように、連絡を入れろ!」
翌日、打ち合わせに来た大工に、いつも使う木材の寸法と、村人が住む2階建ての家の図面を書かせた。
あまりに雑であったため、俺が改めて家の間取り図にして書いていく。
部屋の位置や広さ、キッチンや浴室、洗面室、玄関の配置、収納の位置、窓やドアの位置など。
間取り図で分からない情報は、建物を真横から見た図面(立面図)や、断面図で補った。
「こりゃ~わかりやすい図ですな~」
「こんなの見た事ねぇ~な~」
2人の大工はあれや、これやと話をしていたが、木材の手配は要らない事を伝えると、屋根材の魔物の皮を手配するといって、帰っていった。
翌日からは、すべて集成材とし、木造軸組工法の設計図通りの材料をプレカットして準備しておく事にした。図面に番号を振り、同じ寸法に切った木材にも番号を書いておく。
大工には、基礎工事をやらせておき、あとで図面通りかを確認する。
土を掘って溝を作り、魔法師の土魔法で基礎を作る。
その際には水を入れて水平も確認する。
魔力濃度が充分であれば、使用に耐えうる硬さの土だと思うが、柱の下には自然石を入れてある。
6棟分の基礎工事が終わり、翌週にはプレカットした材木を図面の番号通りに組んでいく。
壁は土魔法で作ってもらった土パネルだ。
柱と壁の間には、例の接着剤を入れてある。
1日で3棟組み上がり、2日で6棟が出来上がった。
そして次には警備員詰所を作った。
部屋を増設して仮眠室やシャワー室、トイレもある。
ライアン侯爵は、初めに建てた木材倉庫を『アキュラホーム』という会社名にした。
今回の住宅建設は無償だが、事業にするなら価格設定が必要だとお爺さんに言ったので、カタログを作成中らしい。
ひ弱で保護が必要だったアキュラだが、この屋敷に住む人間の意識は変わったようだ。
『さすが侯爵の孫』という事らしい。
建物は出来たのだが、家具がない。
内部に据え付けの家具を作るという案もあるが、この際だからと家具の図面を書き、希望の寸法の集成材でタンスやら食器棚、テーブル、椅子などの家具作りも行った。
雇った合計6人の大工は、思い通りの材料が手に入るため、何をやっても楽しいらしい。
このあとは、ライアン爺さんから宝物庫のスクロールの説明を聞く事になっている。
「スクロールに書かれているインクは、ミスリルかな?」
「おぉ、良く分かったな。ミスリルを含む顔料で出来ているのだが、使用される魔力に応じてミスリルの含有量を増やさないと、発動途中で切れてしまう」
「しかも、かなり精密な物ですね…」
「うむ、そのスクロールの元になったのが、そのガラスケースに入った魔法書、聖遺物だ」
「これが…お爺さんが読めないと言っていた書物なのですね?」
「うむ。模写しては発動を繰り返して効果を確認してきた。それがスクロール研究所の20年の歴史だ」
「マーカスの書か…」
「アキュラ! お前この文字が読めるのか? ならば、この教書を預けるから翻訳してくれ、頼む!」
それから、引き出しをゴソゴソと探すライアン爺さんが取り出して来たのは、宝石の付いた指輪。
その中から、赤、黄、青、緑の4色の小粒の宝石が付いた指輪を選んで、俺の左手の薬指にはめた。
シュッと指のサイズに合わせて動かなくなった指輪。
「それは属性の指輪だ。火の赤、土の黄、水の青、風の緑の4色の魔石が、属性魔力に変換してくれる。だからまずは、体内の魔力をその指輪に貯めて、常に体内魔力を回復させるようにすると、回復速度は上がっていく」
「そして、体内魔力が回復したあと、指輪の魔力を体内に戻す事で体内魔力は濃くなるはずだ」
「分かりました。これもレリックですか?」
「そうだ。4属性すべてを使えるようにできるという意味ではな。だが魔石が小さいのが弱点だ」
「ただ、魔力を濃縮して貯める事ができるのなら、使えますね…ありがとうございます」
「いや、これは翻訳に対する礼だ。ここにある物は自由に試すといい」




