第77話 修行開始
朝の目覚めが爽やかだった。
車酔いもあって、立派なベッドですっかり寝過ごしてしまったけど、さすが御三家の貴族屋敷。
いつもなら夜明けとともに活動が始まるのだけど、静かなまま朝を迎えた。
結局、レブランさんの屋敷で何をすればいいのか聞いていない。
洗面所に行くとタオルの上には歯ブラシが置いてあった。
洗面器にウォーターで水を出し、顔を洗い、歯を磨く。
貴族家では生活魔法が使える事が前提のようだ。
昨晩用意された寝間着から、商人の服に着替えたが、本当にこの格好で過ごすのだろうか?
上はキャップタイプの帽子で、作業着とその下はズボン。
部屋から廊下に出て、階段を下りるとエベリーさんがいた。
「ちょ、ちょっと!もう変装はしなくていいのよ。部屋に戻って着替えましょう」
そう言って、部屋に戻るように促しながら、私に階段を上らせた。
部屋のクローゼットには、私の身長に合う大きさのドレスやワンピースもあるようだ。
「うわ~ こんなに服がいっぱい!」
それより何より、この空間の大きさはクローゼットと呼ぶより衣裳部屋の方が適切な気がする。
奥に入っていくと帽子や靴が箱のまま積み上げられている。
「うふふ。これはね、私が小さい頃に頂いた物なんだけど、その頃はまだ父上が皇帝だったから、要らないと言っても業者がくれたのよ…一度も使っていない物もたくさんあるわ」
そう、20年前までは彼らは皇子、皇女と呼ばれる存在だったのだ。
「単なる貴族に落ちて、もう身に付ける事ができなくなった物は、お金に変えてしまったけれど、ここにあるものなら、あなたが着ても問題ないわ…というか、ここではあの緑のシスター服を着てはダメよ」
「わかりました。でも、もう少し汚れてもいいものはありませんか?」
「あぁ、こちらのタンスには普段着や下着が入れてあるから、サイズが合う物を身に付けてね。悪いけれど、この屋敷にはメイドはいないのよ」
下働きというボロな服装ではない、あの人達は何だろう?と聞いてみると、この屋敷の周囲には、彼ら兄妹に昔から仕えていた家族が住んでいて、今でも打算的ではなく、奉仕で手伝いをしてくれているらしい。
教養は有っても平民だった第3夫人に付いたメイド達は、やはり気さくな教会上がりの平民だった。
彼女達の家族は、差別のない扱いに感謝していたようで、このように今でも尽くしてくれている。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。その服、良く似合っているよ。さぁ朝食にしよう」
長さの長いテーブルだけど、6人用として使われている。
パンが入った籠が私達の中央にあり、席には3人分のスープ皿が置かれていた。
テーブルの上のお鍋からスープを各人に配り、食事が始まった。
パンとスープだけなので、食事はすぐに終わった。
「さて、今日からこの屋敷を自分の家だと思って、自由に過ごしてくれていいからね」
「はい、ありがとうございます」
「マグノリア姉さんが、自分の娘のように大切にしている事は以前から聞いていたから、私達の事もランカの叔父さん、叔母さんだと思って、そのように呼んでくれればうれしい」
「はい、叔父さん、叔母さん、お世話になります」
「それで、これからのことだけど、何かやりたい事はあるのかな?」
「えっと、私はソフィア皇国に行ってみたいんですけど、それができるようになるには、どうしたらいいですか?」
「そうだな~ まず、砂漠を越える人達には2種類いて、ひとつは冒険者のように戦える能力を持って商人の護衛として行く人。二つ目は商人だけど、南の海岸線を船で交易に行く人もいる」
「船で?」
「そう。外海までは出ないし、大量の荷物なら船の方が便利なんだ。でもソフィア皇国に入国するためには厳しい審査を通らなければいけない。まぁ、私は皇子の時に通行手形を頂いているので、短期滞在はできるけれどね」
「もし、通行手形が無い場合には、どうなるんですか?」
「出品という形になるんだ。ゲストハウスという決まった施設で、滞在期間は1週間。その間に持ち込んだ商品は希望価格で落札されるか、でなければ返却される」
「厳しいんですね…叔父さんは?」
「私は短期滞在まで認められているから、自由に宿を選ぶこともできるし、滞在期間は最長3か月まで。出品ではなく、自由売買が認められているけど…ソフィア皇国は物価が高いんだ。しっかりとした計画が無いと返って資金を減らしてしまう」
「ソフィア皇国って、どんな国なんですか?」
「それな…実はよく分からないんだ」
「えっ?どういう事ですか?」
「まず、分かっている事から言うと、国の頂点は教皇様。西側の海からは岸壁に大きなお城のような建物が見える。3つの塔があって、ここが国の中枢であり皇族が住んでいる場所らしい。このお城は完全に自立しているらしくて外部からの補給は何も必要としていないそうだ。例えば、水や食料や熱源も…」
「不思議ですね」
「市内には『監督所』が2つ、『裁定所』が1つあって、皇国の治安維持を担当している」
叔父さんの話では、監督所は通行手形、滞在許可、商業許可などを発行しているとの事。
基本、物品の売買は商品市場で行われていて、小売りは商店で扱い、路上販売は認められていない。
また、工業製品はお城から商品市場に出されていて、物価のコントロールがされているとの事。
「何にせよ、知識と自衛能力、そして資金がないと皇国滞在は難しいという事だね。そこでランカの選択肢は、1つ目、私たち兄妹の家庭教師をしてくれていたオードリー夫人の指導を受ける」
「2つ目、なじみの護衛から防衛術を学ぶ」
「3つ目、私の手伝いをしながら、商品の値段などを学ぶ。こんな所かな…」
「はい。どのように進めるかは叔父さんにお任せしてもいいですか?」
「分かった。じゃ~準備が整うまでは、午前中は資料室にある本で自習をして、午後はうちの在庫と値段をメモして覚えてもらおうかな…」
「ありがとうございます!」




