第76話 レブラン・ベルジェロン
帝国歴177年4月
魔物討伐のための偵察や前線部隊の砦建設は順調で、いわゆる戦時経済により景気はかなりいい。
部隊が動けば、食糧や飲料が振る舞われ、物流部隊も動き、物と金が動き全体にお金が回る。
ダンジョンとは違い獣の肉が取れて、それが市内に供給され、食肉に変わる好循環になっている。
景気が良いのが1番だ。
親和教会の炊き出しに並ぶ人の数はぐっと減って、栄養失調の人もほぼいない。
障害を持つ人でさえ、今は、何らかの仕事があるようだ。
一方、魔物討伐に同行させられる3名のシスターは忙しかった。
同行するのは、マグノリア、アビゲイル、バイオレットの3つの班が交代で1週間ずつ。
前線砦までは約1日で到着し、次の日にそれまでの班と入れ替わり救護テントを担当している。
シスターマグノリアはこの3か月、前線にランカを同行させるわけにもいかず、また、祝賀会で皇帝の注意を引いた娘を確認しようと教会を訪れる者が増えたため、実家の弟レブランにランカを預けられないか打診をしていた。
御三家筆頭、前皇帝を輩出したベルジェロン家は中南部の穀倉地帯の大地主だ。
ただ、従来からある品種の農産物であり、ソフィア皇国から持ち込まれる肥料も使っていないし、その存在さえ知る事はなかった。
----- レブラン・ベルジェロン -----
姉の依頼により、商人の格好で小麦を届けに教会に来た。
女だけの教会なのだが、商人の出入りする勝手口には下働きが多数いて、特段の警戒はなかった。
まして、重たい荷物を担いでいれば、簡単に中に入れてもらえた。
「すみません、シスターマグノリアさまは?」
「あぁ、今週は前線砦に行かれております」
もちろん、そんな事は承知している。
小麦の袋を置き、実家のベルジェロン家の通行許可証を見せて
「ランカさまへの荷物も預かって来たのですが…どうしましょう?」
「あっ、彼女はいますから、こちらへいらしてください」
他の班の見習いシスターの案内で、勝手口から聖堂へ至るルートを通り、ランカの勉強部屋になっている小部屋に案内された。
『コンコン』
「ランカさん、シスターマグノリアのご実家の方がお見えです」
「あっ はい。どうぞ」
俺は、扉を開けてくれた見習いシスターに、商人らしく丁寧にお礼を言う。
「案内ありがとうございます」
顔を近付けすぎたのか、シスターは顔を赤らめて去っていった。
この聖堂横の小部屋まで来てしまえば、あとは入口から正々堂々と出ていけるのだが…。
「私はシスターマグノリアの弟でレブランという。君がランカさんだね?」
「はい」
見れば手元にあるのはソフィア語で書かれた本だ。
見た目もソフィアの人の柔らかな髪色をしている。
「実は姉さんから、君の保護を依頼されているんだ。聞いているかな?」
「えっ? いえ、実家に勉強のために預かってもらう…という話だったと思うのですが…」
「あ~ さすがに正直に言うのは怖がらせると思ったんだろうな。君を利用したい者や君を排除したい者などが色々いて、もう訳がわからない状態なんだ。姉さんは世間から切り離された所にいるから知らないだけで、今、君は結構危ない状況なんだ。良ければここを早めに出たいんだけど…」
「そんなに危ないんですか?」
「さっき見たら、聖堂の中に君の監視役らしき男がいたよ。一日の行動パターンを調べてる感じだな…」
「申し訳ないけど、部屋に戻ってこの袋に入っている服に着替えてくれないかな。準備ができたら勝手口へ来てくれ。待っているから」
「わかりました」
彼女に渡したのは、私と同じレブラン商会の男用の服だ。
しばらくして勝手口に来た彼女を箱型リヤカーに乗せて、帝都中心部を南に下る。
レブラン商会の名は有名ブランドではない。
『ベルジェロン家の通行許可証』こそがブランドであり、レブラン商会なんておまけに過ぎない。
皇帝ではなくなったベルジェロン家には、集金力もカリスマ性もない。
資産家であった第1夫人の子、長男や次男でさえ自力で稼がなくてはならない。
まして普通の人の子、第3夫人の子供である私と妹のエベリーには皇帝から賜った屋敷以外は資産もない。
今は屋敷をレブラン商会として登録し、兄妹でベルジェロン家に納入される物品を一括管理する仕事で手数料を稼いでいるが、次兄の金払いが悪く、時には売掛になる事もあり、資金は潤沢でもない。
一方、マグノリアの母、第2夫人は第1夫人に毒殺されたという噂もあり、マグノリアは第1夫人関係者との交流を避け、第3夫人の関係者と仲が良かった。
そんな私の屋敷兼商会に到着したのは、既に夕日が沈む頃。
木製の車輪で振動も大きかったはずだが、ランカは眠ってしまっていた。
そのまま部屋へ運んでから、エベリーに着替えと世話を任せて、寝かしつけた。




