第75話 帝国新年祝賀会
帝国歴177年1月
シスターマグノリアに連れられて来たのは、帝国議事堂の大広間だった。
迎えの箱馬車に乗ったのは、シスターマグノリア、シスターアビゲイル、シスターバイオレットの3人。
そして私、ランカの4人。
シスターマグノリアは黒、シスターアビゲイルは茶色、シスターバイオレットは紫色のスカプラリオを身に付けていて、私は緑色。
親和教会はアフィーリア女神を信仰するものであり、地球でのキリスト教会とは根本的に異なる。
したがってスカプラリオの色にも特別な意味はない。
そんな4人が宴席会場と化した大広間に足を踏み入れ案内されたのは、舞台に向かって右奥の貴賓席であった。
「皆の者、帝都再建開始から20年目の新年祝賀会を開催できたこと、余はうれしく思う」
会場には勢いのある拍手の音が響いている。
帝都の再建工事は、魔物あふれに強い都市計画が作られ、着工以来5年ごとに見直しが入り、15年掛けて、それまでなかった防壁と議事堂が新しく作られた。
それ以降は、騒音になる夜間を除き、必要と思われる街路や下水などの工事は続けられてきた。
それらを資金的に支えてきたのが、ソフィア皇国に対する農産物の輸出であった。
ただ、フレイザー領は軽工業都市であり、農業規模は大きくなかったのだが、ソフィア皇国の使者から供給される種子、肥料によって劇的に収穫量が増え、それを高く買い上げされる契約によって、再建資金が支えられてきたのだ。
その皇帝フレイザーを裏で支えた組織がもう一つ。
男ばかりで構成される『解放教会』だそうだ。
服装は親和教会とほぼ同じだが、白黒2色の独特の配色で、こちらは3人の司祭が各自助祭を伴い出席していた。
シスターマグノリアは、前皇帝の知り得た情報を、レポートとして入手していた。
それによれば、解放教会の司祭ガブリエルと、戦いの神ルシフとの出会いは、やはりダンジョンであったそうだ。
僅か5階層の若いダンジョンを探索し、コアを破壊して宝箱から出土した不思議なシルフ像をダンジョン最奥に祀り、その地上に教会を建てているらしい。
惜しいことに、コアを破壊したためダンジョンは成長を止め、今では時折、『ヒールポーション』が回収できる程度らしい。
三つ又の槍を持つルシフ像を『戦いの神』として崇拝し、『しがらみのない自由な世界を求める』団体。
いわゆる、解放のために戦っているという建前の教会なのだ。
ダンジョンを攻略した際に得た武器、防具などのアイテムを皇帝に献上し、親和教会と肩を並べるようになった。
フレイザー皇帝の代になり、入手した『ヒールポーション』によって奇跡を起こし、信者と大金を得ている。
皇帝にとって、親和教会の『ヒール』も、解放教会の『ポーションの奇跡』も捨てがたいのだった。
だが、ここにきて状況が少しずつ変わりつつあった。
アイゼイアの書との出会いにより、ランカが使える魔法が増えていた。
教会の救護室に来る人は空腹、怪我、悩みがある人など様々で、3つの班が交代で担当している。
ランカが痛がる人をベッドに座らせた時に、ふと足首の丸い腫れを見て、本に記載のあった『ヒルの毒』ではないかと思った。
その直後、頭に浮かんだ『キュア』という文言で、ランカの手に小さな魔法陣が一瞬浮かんで光り出した。
すると、患者の痛みが治まったのだった。
その偶発的な魔法発動が、予定された治療行為だと思い込んだ患者は、お礼をいい、いつものようにベッドで少し横になり、腫れが引いてから帰っていった。
驚いたのは、本人とシスターマグノリアである。
ランカが思うに、毒の成分や性質を知ったために、『キュア』の魔法が発動できるようになったのだろう。
その推理をシスターマグノリアと共有し、女神アフィーリア様が言っていた学習行為の結果がこれなのか…と納得した2人だった。
そんな直近の事を思い出しながら、果実水を飲むランカ。
皇帝の話はやっと終わったようだ。
再び熱烈な拍手をする。
そういえば学校でもそうだった。
学園長の話は表示板を数枚合わせた大型スクリーンに映し出され、開始時よりも終了時の方が拍手の音が大きい。それは生徒達の終了を歓迎するという意味の意地悪であった。
その後、御三家のベルジェロン議長、ギャニオン副議長と挨拶が続いた。
8歳になったばかりのランカには、本来理解できないはずの本年の方針。
それは、フット連山の麓への魔物討伐という勇ましい話であった。
いったい、どれだけの兵が動員され、どれだけの怪我人が出るのだろうか…。
不安な表情でシスターのようすを伺うと、彼女はこちらのテーブルに向かう皇帝フレイザーを見ていた。
フレイザー
「どうした、我が部隊では歯が立たんと思っているのか?」
「いえ、魔物の巣でも発見されたのかと…」
「今回は、それを探りに行くのだ。今度はこちらが攻める番だ。武器も武具も十分に揃い、兵士の練度も高い。少しずつ削っていくのが被害を最小にする方法だと考えたのだ。当然怪我人も出るだろうが、その時には助力をお願いする」
「はい。承知しております」
「して、その子は初めて見るが…」
「ランカと申します」
ドレスを着た貴族の娘ではなく、修道女なのだ。
胸の前で腕をクロスさせ、跪いて許しを待つ。
これ以外の挨拶の仕方など私は知らない。
「よい」
その言葉で立ち上がる。
シスターマグノリア
「教会で一時的にお預かりしているのです」
「もしかして、その子が『降臨した』という噂の子なのか…」
「いえ、集団祈祷の時で、ちょうど光が差し込んだ場所にこの子が倒れていたのです。会場はみんなが熱心に祈りをささげた直後でしたので、少し興奮状態だった事もあり、誰かが言った『降臨した』という言葉が広まってしまって。この子は『ヒール』も使えない普通の子です」
ヒールが使えないという言葉を聞き、関心を無くした皇帝は軽く手で挨拶を済ませ、解放教会の方へ歩いていった。
(あぶなかった…)




