第74話 聖女でない私
連休という事で、有本 蘭のストーリーを連投します。
帝国における親和教会とは、女性だけが所属する治癒系魔法を扱う教会である。
その恒例行事の際に、大勢の信者に降臨したと思われたランカの扱いは困難を極めた。
本人が聖女ではないと主張し続けたからだが、治癒魔法『ヒール』が使えないのも、現状の問題点であった。
この親和教会には3人のシスターが居る。
この教会での『シスター』とは、治癒系魔法が使えるようになった者の事で、修道女の教育と指導の資格が与えられる。
その中でも最も指導的な立場の人が、シスターマグノリアだ。
シスターマグノリアはランカとの会話で、少女が単なる7歳児ではない事は理解していた。
ランカの話す内容が7歳児のものではなかったからだ。
ランカは更に、女神アフィーリアが話してくださったという内容を口にした。
「親和教会に古くから伝わる聖女降臨のアーティファクトが使われたのだろうと仰っていました。あなたは聖女ではありません。聖女降臨は『処女受胎』という形で生まれるのです。とも…」
「なるほど…信じましょう。確かに聖女降臨のアーティファクトを使ったのは私です。そして、その事を知る者は私以外にはいないのですから…」
私は、ソフィア皇国の砂漠から転移石のペンダントの働きによって飛ばされて来た、ランカという7歳の少女という事になった。
女神さまからは、『教会に残された多くの書物を読み、知識を得て見識を広げなさい』と言われた事も伝え、午前中は読書、午後は修道女としての教育と指導を受ける事になった。
3か月が経ち、日々の活動に慣れた頃、ソフィア皇国のアイゼイアという人が書いた書物に出合った。
この書はソフィア語で書かれており、帝国人には読めない書であったために、人目に付かない奥に収納されていた。
砂漠に住む魔物ワームは、人間や動物の振動を感じ取り、砂の中から姿を現すらしい。
そこで雨を降らせる魔法を使えば、ワームは水分欲しさに空に口を開けてしばらく攻撃はしてこないという。
そうする間に砂が雨で固く締まり、ワームは自由に動けなくなるそうだ。
退治方法は書かれていないけれど、著者の男はこの方法で帝国に来たのかも知れない。
次のページは、砂漠に住むサソリの魔物の毒を解毒する薬の調合方法が書かれていた。
ページをめくるごとに、ポイズンスネークの毒、ヒルの毒、カエルの毒、スライムの毒と続く。
半分過ぎたあと、突然、成人男性の裸のイラストが出て来た。
次のページからは各部位ごとの解剖図が次々と現れ、細かく解説がされていた。
まるで日本最初の本格的な翻訳医学書、解体新書を見ているみたい。
構造を理解する目的なのか、徹底的に死体の解剖を繰り返し行ったようで、「骨」「筋肉」「血管」「神経」など、遠近法や陰影法を用いて描かれた精巧な解剖図。
この世界のこの時代に、よくここまで解説図が書けたものだと感心するとともに、ちょっと怖い。
教会での労働とは言っても下働きの修道女は多く、基本的に3名のシスターの配下に組み込まれ、清掃や洗濯、調理などの家事、生活魔法の習得訓練などにローテーションで取り組んでいる。
私は子供だが、緑のスカプラリオを着て準シスターの扱いをされている。
最初は『降臨した少女』が理由だったが、今では高等教育を受けた17歳の知識力で周囲を認めさせている。
しかも転移者特権の言語翻訳スキルが常に効いている。
この教会には16歳以上の女性で確かな推薦人がいれば修道女として入る事は可能だが、生活魔法を覚え、家事全般が出来るようになれば、たいていの場合は実家に戻り、そこから嫁に行く事が多い。
職業訓練校なんて無い世界だから、ここは女子校という感じなのだろう。
半年が経過したところで、シスターマグノリアが生活魔法のスクロールを持って来た。
ポーションよりも安く手に入るらしいが、わざわざ購入する人は少ないそうだ。
この人は前皇帝ベルジェロン家の出身で、政争を避け出家した後も、皇帝の健康を支えたらしい。
聞く所によれば、リモージュ王国の商人がシスターマグノリア配下の修道女を気に入り、嫁にもらったそうで、双方が揉めないように調整したシスターには、実家に来るたびに土産として何かしらの物が贈られる。
生活魔法のスクロールには、クリーン、ファイアー、ウォーター、ライトの4種類があり、魔法の行使を経験する事により習得が早くなる効果があるという。
私に惜しみなくスクロールを使わせるシスターマグノリアは、まるで私の母のよう。
そんな愛情にも恵まれ、生活魔法を使えるようになり、魔力操作が一気に上達した。
年が開けて帝国歴177年。
ここ帝国は大陸南部に位置していて、一年を通じて暖かく雪は降らない。
季節は暑い夏と暖かい春の2シーズンで、夏のはじめと終わりに雨が降るらしい。
今から21年前、そんな温暖とも言える帝国に、フット連山の麓から魔物溢れが発生して、防壁の無かった帝都は半分近くが破壊された。
以前から魔物による被害がなかった事もあり、皇帝ベルジェロンは引退し、東部のフレイザー家がその財力により帝都を復活させ、皇帝の座に就いたそうだ。
就任当時、若干26歳であった皇帝フレイザーだが、今でも魔物退治には熱心に取り組んでいる。
また、ベルジェロン家、フレイザー家、ギャニオン家という御三家が皇帝位を支えるという『御三家体制』は建国300年を超えるリモージュ王国を見習って採用されたそうだ。
そして今年、数え年で私も8歳になった時、帝国議会の新年祝賀の儀に参加するように指示があった。
(婚約破棄のストーリーではありませんように…)




