第72話 アキュラの危機
(ライアン視点)
本館2階には、当主の主寝室、副寝室、執務室があり、主寝室には浴槽、シャワー設備、トイレもある。
だが、この広い2階にいるのはわし一人。
西部のスコット子爵家から嫁いで来た嫁のソフィーは、息子ヘンリーを出産した後に亡くなってしまった。
わずか3年間の結婚生活であった。
それ以来、不運な事を嘆くより宮廷官僚として、通商産業担当として仕事に打ち込む事で、嫌な事から逃げていた。
正式な妻を迎えたため、地方の屋敷で働かせていた専属メイドだったが、たまの休暇時はその屋敷に行き、独身時代をなつかしむように過ごしたものだ。
息子ヘンリーが大きくなり、宮廷官僚を継がせてすぐに屋敷の離れから独立したため、わしはダンジョンでの戦いに夢中になった。
生活魔法のクリーン、ファイアー、ウォーター、ライトが使えれば、ダンジョン生活は楽しい。
魔物の死体は勝手に消えるし、宝箱からは金貨、銀貨、ポーション、果ては魔法のスクロールも手に入る。
そして、最深部で手に入れたのが3つの魔法水晶である。
握りしめると『アースクエイク』と『メテオ』、『召喚術』の魔法だと分かった。
しかも、水晶には発動のための魔力も含まれているようだった。
それから1年ほどして、ダンジョンの森より更に奥のフット連山の麓から大量の魔物があふれ出てきた。
このような現象は、建国後の340年間なかった現象であり、完全に対応が遅れた。
戦闘要員でさえ、それほど多くはいなかったので、頼りは魔法水晶だけだ。
最初に使ったのがアースクエイクの水晶。
握りしめると、発動の場所が頭に浮かぶ。
照準を合わせ発動を念じると、水晶が割れて眩しく光りながら魔法が発動した。
魔の森からあふれ出る魔物の足元がひび割れ、木が倒れ、魔物を飲み込み、再び地面が元に戻っていく。
森の中にはまだまだ魔物がいるにも係わらず、魔物たちは理解できない脅威に怯えているようだった。
そこにフット連山からドラゴンが現れて、地上の魔物を引き連れて飛んで来た。
次に使ったのがメテオ、隕石落下の水晶。
小型の隕石がドラゴンの頭上で爆発し、細かく割れて、ドラゴンと地上の魔物に襲い掛かった。
あっと言う間に、一面が焼け野原になって、後続の魔物たちは森の奥、南方向に逃げていった。
この一件により、わしは名誉侯爵に陞爵し、建国時の先代と同じく免税特権を国王から与えられたのだ。
妻を亡くした代償として、天から授かったと思っていたアーティファクト(聖遺物)の魔法水晶。
この事件解決により、東側に隣接するリモージュ王国はわが国の友好国となる事を望んだ。
いわゆる『保険』という事だろう。
具体的には、王族と婚姻関係を結びたいとして、王太子妃の候補者とその輸送隊がやってきた。
輸送隊を指揮したシャーロット・ゴーティエ嬢も婚姻を希望したため、国王の推薦で息子のヘンリーと結婚したのだが、これが失敗に終わり、シャーロットは帰国して戻って来なかった。
思えば、息子の結婚もわしと同じ3年で終わりになってしまった。
奴も今は、かつての専属メイドと宮廷内に与えられた自室で暮らしている。
当然だが、宮廷には許可証を持つ者か、貴族位の者しか入れないから、世間の雑音を聞かなくて済む。
わしも既に50歳になって、ダンジョン攻略もきつくなってきて、普段は南部エリアのどこかの町、どこかの砦、どこかの宿で気ままな生活をしている。
各地に妾や子供もいると言われているのは知っているが、みな昔馴染みの友人たちだ。
そんなある日、自由にさせていたアキュラが、屋敷の宝物庫で倒れているのが発見されたのだ。
手にしていたのは、魔剣である斬鉄剣であった。
レリック級でないにせよ、魔力枯渇状態が数時間続いたなら、既に死亡していてもおかしくなかった。
アキュラは国立学園の1年生になって、宝物庫の武器に関心を持つようになったようだ。
魔剣や魔道具、魔法スクロールなどは、取り扱いを間違えると大変危険なのだが…。
そんな意識不明状態が続いた4日目。
わしは金庫に仕舞っていた最後の魔法水晶である『召喚の魔法水晶』の使用を決意した。
ダンジョンの宝箱から得たアーティファクト(聖遺物)の最後の1つ。
既にアキュラには魂の息吹というものが感じられない気がしていて、このまま栄養補給ができないままでは肉体も死ぬのは明らかだったからだ。
召喚の魔法水晶を握ると、対象相手のおぼろげな姿が頭に浮かんだ。
性別は…男を、年齢は…17を。
希望を絞り込むと最後に映っていたのが、アキュラによく似た青年であった。
「この者をアキュラ・グラハムとして、召喚!」
すると、アキュラの部屋は、まばゆいばかりの光で覆われた。
わしは自身の生活とアキュラに対する放任主義を反省し、結果はどうであれ、アキュラを後継者として育てるつもりだ。
本人に面と向かって『責任は取ってもらう』と言われたのには驚いたが、その通りだと思う。
キッチン裏手のドアが開いて、朝食用の食材が運び込まれる。
パンは既に焼かれたものが持ち込まれる。
料理人が1人と、助手が1人。
手伝いの使用人が2人。
「おはようございます! ライアンさま!」
「おはよう!」
ダイニングには、秒針が無い大きな時計が壁に掛かっている。
現在7時。
7時半の朝食時間に向けて、準備が始まった。
今朝は、久々にアキュラとわし、そして、執事と侍女の4人揃って食事を取った。
エミリーは、このあと厨房で料理人達と朝食を取る。
食後のお茶の時間になり、わしは今後の事を皆に話した。
「アキュラの事故を克服できた事を、皆に感謝するとともに、わしは生活を改める事にした」
話の要点は、この屋敷を以前の活気あるライアン侯爵邸に戻すという事だ。
「セバスは、今ある事業内容をまとめておいてくれ。それと見習いを育てて、アキュラの執事とせよ」
「イスラは、エミリーに別館の管理を任せ、見習いを育てて、アキュラの侍女兼護衛とせよ」
「アキュラは、来週の2学期から国立学園に復帰し、寮に預けている荷物を回収して通いとする」
「そのため、準備ができ次第、ライアン侯爵邸に馬車を復活させる」
「それまでは徒歩20分の通学となる」
「警備詰所を復活させ、警備員4人体制を採用する」
「イスラ、下働きを必要人数雇い入れて、使用人部屋を復活させてくれ」
「料理人は準備ができ次第、通いではなく専属の料理人として常駐させる」
「要は、以前のように、この屋敷をにぎやかな普通の屋敷に戻すのだ。セバス、イスラ、良いな?」
「はい、承知いたしました」
「ライアンさま、私達も頑張ります!」




