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孤独の人  作者: 神の恵み
異世界編
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第70話 あきら召喚される


「おい、アキュラ! おい!」


誰かが俺を起こそうとしているらしい… だけど、頭が割れそうなほど痛い。

体も動かせそうになかった。

まったく力が入らない。


「う~~ん…だれ?…」


なんとか目を開けると、そこには知らない爺さんが俺をすっていた。


「アキュラ、思い出せ! わしだ、ライアンだ!」


その言葉を合図に、頭の中に過去の知らない自分の生い立ち、人間関係が走馬灯そうまとうのようにめぐってきた。

(えっ?俺は…アキュラ…?)


「か、からだがだるい…」


なんとか言葉を絞り出したが、それを契機けいきにライアン爺さんがあわてて部屋を出ていった。


「セバス! イスラ!」


通路から、執事のセバスと侍女のイスラを呼ぶ声が聞こえる…


部屋の内装や家具なども記憶にはあるが、最も大きな違和感は魔法の記憶だ。

これは、アキュラという肉体に俺の魂が宿ったと考えるのが妥当なのだろう。



しばらくして部屋にワゴンを持ち込んだのは、専属メイドのエミリーであった。

ベッドの上で食事ができるように、枕で俺の上半身を少し起こしてくれる。

エプロンを押し出す双丘が、目の前まで迫る。

(こんな夢なら覚めないでほしい…)



ワゴンに乗せられたスープらしきものを、俺に飲ませてくれる。

何日も食べ物を与えられていなかったかのように、胃にしみ込んでくる。

固形物はなにも入っていないようだ。


ライアン爺さんが部屋に戻ってきた。


「アキュラ、聞きたい事があるかも知れんが、お前が倒れてから今日が4日目だ。まずは体力を戻す必要がある。わかるな?」


なにかを含めるような言い方に納得して、今は現状の理解と回復に努めることにする。


「わかった…ただ、召喚した責任は…取ってもらうよ…」


俺の返事に、ライアン爺さんが驚いたような表情を見せた。

(お爺さんの反応を見るに、召喚されたのは間違いないようだ…)


ただ、そばにいたメイドのエミリーには理解できなかった話のようで、不思議そうな顔をしていた。

つまり彼女は、この件には関わっていないのだろう。


この日は既に夕方だったようで、すぐに照明を落とされ、眠ってしまった。


次の日の朝、夜明けと共に目覚めて、アキュラの情報はほぼ思い出していた。

ここは屋敷の別館、家族が住むエリア。

ベッドへ上半身を投げ出すように眠るメイドのエミリー。


白人の若い女の子の横顔がすぐ目の前にあって、しかも、俺にすがっているようにさえ見える。

蘭とは違うタイプだが、白人系の少女に蘭の面影を思い出して、一人、異世界に来た事をびた。


この娘は、アキュラが15歳になった際に、ライアン爺さんが複数の候補者から選んだ俺の専属メイドだ。

メイドとしての修業が終わった彼女を、知り合いの男爵家から推薦されたそうだ。


この世界では、貴族の男は娼館などには行かず、病気の無い低位貴族の娘を専属メイドとして雇い、男女のいとなみを学ぶ習慣になっている。


もちろん、メイドも侍女から性教育は受けるし、関係ができたメイドは専属として永久就職扱いで、40代半ばで定年退職するのが一般的らしい。


万一、妊娠して出産まで無事に至った場合には、推薦人の男爵家で仕事をするか、侯爵家が管轄する地方都市で暮らし、優秀なら管理の職に就く場合もある。


だが、アキュラが奥手なのか、エミリーにあまり関心が無かったのか、採用から1年以上経った今でも、まだエミリーとはそういう関係には至っていない。


あきらである俺は、エミリーの手をそっと持ち上げ、その柔らかな感触と手の平を興味本位で観察する。

まだこの世界になじんでいない俺にとって、エミリーは記憶ではなく実在する魅力ある少女であった。



アキュラが5歳の時、母シャーロットは父親の訃報ふほうにより帰国したそうだが、以来戻っていない。

母の実家のゴーティエ家は、リモージュ王国の子爵家であり、国内で手広く運送業を営んでいる。

その家業を継ぐ者が居なかったのだと聞かされている。



父親であるヘンリー・グラハムも、子供の頃から侍女や侍従によって育てられていて、父親の役割がどういうものかを知らない人であり、通商産業担当の宮廷貴族として『契約とは』『通商条約とは』という生きる辞書として指導的な役割で忙しいらしい。


父ヘンリーも押し付けられた結婚、役割だと理解して、母に対する感情はさほど無いように見える。


つまりアキュラの周囲に居るのは、ライアン爺さんとエミリーの2人だけ。

父は今、宮廷内に部屋を持ち、専属メイドが世話をしていて、それで満足しているようだ。


なんのことはない。

以前の俺と同じように、母はおらず、父は俺に関心はないってか…




幼少のヘンリーを世話し、教育したのは、執事のセバスと侍女のイスラだと聞いている。

だがくまでもライアン侯爵を主人とし、長年に渡り忠実に仕えていて


「私の主人は侯爵さまであり、ヘンリーさまのわがままをお聞きする訳には参りません」


などと、簡単には屈しない頑固者だ。




少し手を伸ばして、エミリーの頬をなでる。


「エミリー… エミリー!」


「はっ! おはようございます! アキュラさま」


動きを取り戻した少女は、美しいというより可愛い人形のようだ。

どうしてこんな子に欲情しないのか、俺には理解できない。


エミリーが用意した軽い朝食を食べ終わったころ、ライアンから報告を受けた父ヘンリーから、見舞いに来ると先触れがあったらしい。


セバスが報告を終え、部屋を出るのと入れ違いに、ライアン爺さんが部屋に来た。

エミリーに片付けを指示し、部屋から出すと


「アキュラ、しっかりとした表情になったな。だがまだ無理に起きる必要はない。しばらくすると医師がくるから、その診察を受けてから、今日の行動を決めるのが良いだろう」


「ありがとう、お爺さん。ゆうべは余計な事を口走って申し訳ない。気を付けるよ」


「いや、わしの方こそ感謝しているし、言いたい事は理解した。ところでアキュラの記憶は戻ったんだな」


「あぁ、問題はない…と思う。ただ、俺の記憶もあるから、少し混ざるかも知れないけどね」


「そうなのか…。だが、この事は2人だけの秘密。わしに出来る事は何でもするから、よろしく頼む」


「わかった」



『トントン』


ドアをノックしたあと、医師と医師の荷物を持つエミリーが入って来た。

脈拍や舌、目などの目視検査だけで血液などの検査はない。


屋敷の宝物庫で魔剣を手にして倒れていたらしく、魔力枯渇状態が数時間続いたはずで、本来なら死亡していてもおかしくなかったそうだ。

ただ、魔力切れによる後遺症には、水晶体を使った魔力検査をおこなうようだ。


検査用水晶体に手を置くと、体内魔力を表す色の光が観察できた。


「ライアン様、アキュラ様は以前よりも魔力が伸びたようです」


「うむ、そのようだな…。魔力の枯渇が魔力の増強につながるとは聞いていたが…まあ良い。正常な状態という事だな」


「はい、そのようです」



医師が帰ったあと部屋に来たのは、父ヘンリーだった。


「父上!」


「アキュラ! もう起き上がって大丈夫なのかい?」


「しばらくは、リハビリが必要なようです」


「リハビリ…とは何だ?」


「あぁ、医療の専門用語で、機能回復のための運動療法です」


この部屋にいる全員が驚いているようだが、俺に関心の無かった父が今までにない表情をしていた。


「そうなのか…アキュラもいつの間にか勉強をしていたようだな…感心したよ」


「父上はもしかして、俺がお爺さんみたいに冒険家になるとでも思っていたの?」


「はは、少しな…」


ライアン爺さんは、俺とヘンリー父さんの両方を見ながら


「冒険者とて、悪い仕事ではあるまい?」


そう言いながら、すこし拗ねたような仕草をして、俺と父さんを笑わせた。



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