第69話 ワンストップソリューション
章が集中治療室に入れられたその頃、高橋会長は前日に何があったのかを知るため、パソコンの決裁申請画面や伝達事項を確認していた。
そして見つけたのがネットバンクの護衛業務の件であった。
京極社長あて連絡先と契約書の案が書かれていた。
見てみると、都内の担保物件で安全を確保するため『車ごと入れる』物件に、娘を入れたいという事らしいが、一般的に、東京都内にそのような賃貸物件などない。
だが、いわゆる文化人としての側面を持つ旧華族。
彼らは外国での日本文化の理解促進などの目的で外国に行き、その国の要人との交流を持ち、彼らの屋敷に招待される機会が多く、セキュリティーという考えが身に付いている。
そんな旧華族たちの屋敷で、使われていないが、売却もできないという物件は数件あって、しかも洋館を基にして作った屋敷だから、当然車ごと出入りするように作られていた。
そのような物件こそ、旧華族の高橋会長が経営する会社に維持管理が任されていた。
「さすが章だな」
1階食堂に、急遽集められた料理長や給仕たち。
だが、彼らは例の貸出物件である屋敷の元職員達。
つまり、料理や給仕のお試しなのだが、社長たちは接待だと思っているのだろう。
高橋会長から挨拶があった。
「この度は縁あって、新興企業のネットバンク殿と顔見知りになる事ができて、大変喜ばしく思う。我々高橋ホールディングスは、傘下のビル管理、設備機器、警備保障を有する旧華族グループの一員として、貴殿らを歓迎するものである」
コース料理が提供されはじめた。
ディナーコースは会長が指定したものだが、お品書きがテーブルに置かれている。
コース料理が終わって、コーヒーや紅茶などの注文を聞いて回り、一段落。
下座の壁に、賃貸物件の紹介ビデオが流される。
外周道路から専用誘導路に入ると門扉がゆっくりと開く。
そのまま車は屋敷前のロータリーに停車して、カメラは正面の扉から内部へ。
両サイドで礼をしているのは、ここにいる給仕係の女性2人だ。
警備保障についても紹介されている。
ここでビデオは終わり、基本コース料金、車レンタル、料理長レンタルの計算書が渡された。
基本的に、京極社長宅の賃貸契約を含む提案、いま流行のワンストップソリューションという提案書を作成したようだった。警備保障は、屋敷の警備とお嬢の護衛の契約を含んでいた。
また、高橋会長と京極社長の顔合わせは順調のうちに終わり、このあと、執事の犯行が判明し、逮捕に至ったのだった。
***** 有本蘭 英名Ran Turner Arimoto *****
急遽、連絡を受けた蘭の行動は早かった。
まず、取締役の役割をアルバイトの3名に任せ、卒業後も継続して就任してほしいと申し入れをしていた。
自分は株主としてリックトレードに関わるだけで、直接に経営はしない。
章が養子先の高橋ホールディングスの経営者として、多方面に才能を発揮しているのなら、自分も一緒に、その活動を支えたいという思いを持つようになっていた。
ブリスベン9:30発~成田空港17:40着
この時間、喫茶憩はまだ営業中のため、迎えはいらないとメールで連絡して、都内に向かう。
いつもはスーツケースもあり、空港バスを利用するのだが、今回は機内持ち込み可能な小型のスーツケースのみであり、荷物を待つ事もなく税関検査を抜け、電車に乗った。
新宿駅からは、野村総合病院に向かってタクシーに乗った。
乗り継ぎが早いと言っても、すでに夜9時前。
無灯火の自転車が細い道から飛び出てきた!
避けようとするタクシー。
『キキー ガシャン!』
左からの自転車は、左車線を走るタクシーでは事前に察知できず、対応車線を走る車にハンドルを切り、正面衝突してしまった。
東京都中野区で上半年に発生した交通事故は300件ほど。
死傷者数は300人余りのうちの一人に過ぎない。




