第66話 価値観
正直、仕事を始めてからは、高2用の問題集や参考書はあるのに、時間が取れていない。
どうやら仕事と学業の両立は、俺には無理のようだ。
来年からは情報系なので、数学だけは参考書と問題集で先行学習を進める事にする。
昨日と同じような早い時間に学校に来てしまった。
携帯の許可申請を書いて、待機室に来た。
『コンコン』
「高橋です」
「いま開けます」
「おはようございます!」
「これ、悪いんだけど、理事長に渡しておいて。それと携帯の預ける場所って、もしかして保安課?」
「そうですよ。預けます?」
「じゃ、これ。預かり証ってあるの?」
「いえ、この引き出しがそうです。鍵をお渡しします。はい、これ」
教室に入ると、そこに既に勝田美香がいた。
「おはよう!早く来ると思った!」
「そうか…ここじゃなんだから、屋上に行こう」
「うん」
階段を上がって5階が屋上になっている。
日当たりが良く、ベンチは気持ちがいいが、当然、監視カメラがある。
なければ、膝まくらをさせてもらいたいところだ。
「一人で学校に来て、京極さんは大丈夫なのか?」
「あ、うん…昨日も話をしたんだけど、今はどうするか相談中なの」
「そうか~、それと俺たち、周りに人がいる時は名前呼びは無しで。外なら名前で呼ぶ。いいな?」
「うん」
「それと、学校には監視カメラがたくさん有るし、これからも増えるから…ほら、入口の上にもあるだろ?」
「あ、あれか~ なんか動いてない?」
「そう。今は数が足りないからね。でも死角がないように増える計画だから、学校では手つなぎもダメだ。いいね?」
「あ~ なんにもできないじゃない」
「いや、なんかする気だったのか?」
「ふふ、そんな事はしないよ…でも外ならOKか~」
「そうだ。今、屋敷に美香の入門許可を申請してる。来週には面接になるだろうから、また連絡する。携帯の番号か、LINEのアドレス分かるかな…」
「覚えられないから、明日メモを書いてくるね」
「あぁ、たのむ」
「美香や京極さんは来年どっちに進むの?」
「金融業だったから、簿記に進むつもりだったんだけど…」
「過去形なのは何?」
「社長は、女の子じゃ今の会社は無理だからって、自分達のやりたい事をやれって言ってるの…でも、そろばんとかやって来たし、結局は簿記なんじゃないかな…あきらは?」
「俺は情報だな。それと簿記。今は専門家がそばにいるから自分ではやらないけどね」
左手は美香の後ろから腰を抱いていた。
美香も自然と俺にもたれるが、扇風機のような、カメラの首振り動作がこちらに向いてくると、二人は離れた。
「な~美香」
「な~に?」
「俺は美香が好きだ」
「こんな時に拷問だよ、それ」
「だな…ごめん。もうちょっと待って」
「うん……もういいよね?ね?」
「もうちょっと!」
カメラが方向を変えたのを見て、二人は引っ付いたが、『ぎぃ~』というドアが開く音で離れた。
「教室に戻るか!」
「そうしよう!イライラする!」
教室に戻ると、半数の生徒は席にいた。
勝田は京極の側に行き、話しをしている。
そこへ嵯峨と平田、剣道の大浦の3人が来た。
寮生なので、固まって来るようだ。
背中からトントンと突かれ、振り向くと嵯峨が絡んで来た。
「あんた、大浦の練習を見に行ったんだって?」
「あぁ、剣道場の練習な。そこそこ出来そうなフォームだったな」
「はっ! 素人のがり勉くんが、京極から何を聞いたが知らないが…」
どうやら俺を京極のグループメンバーだと認識しているようだ。
ま~ 最近まではそうだったんだが…
「確かに剣道は素人だが、合気道は1級だぞ」
わざと段位を取っていないだけで、相応の技は有しているつもりだ。
「じゃ~ 放課後に剣道場に来てみれば? またとない体験ができると思うわよ」
「ほぉ~ 素人だと聞いてなお挑発するという事は、俺の合気道と大浦の剣道の試合を見たいとおっしゃっているのかな? いいだろう、理事長に許可をもらって来よう」
授業まであと30分しかないが、理事長室へ行き話をした。
もちろん、この学園にはない合気道部を新設してはどうか?という提案と、守りの武道としての側面を見せるデモンストレーションを実施するためだ。
計画している日時と希望する広さを申告しろという指示だった。
教室へ戻り、大浦に概要を伝え、必要事項の記入を求めた。
こちらは一人なので、何でもOKだからだ。
大浦未来は先ほどとは違い
「部長のOKをもらわないと、私ではどうすればいいか…」
「京進は新興ではあるものの、礼儀正しいと聞いていたのだが…CEOならどうするか、聞いてみたらどうだ?」
7位の酒井葵がやって来た。
「ほんとうですわね、お手並み拝見といった所ですね、高橋くん」
酒井は茶道の名門、旧華族に属する家柄の人だ。
応援しますよ、という意味なのだろう。
教務主任がやって来て、HRが始まった。
俺をにらんで言う。
「あなた達はどうして仲良くできないのでしょうね…」
手を挙げた。
「何?高橋くん」
「この学園で実践的な教育を受けて、即戦力として社会で活躍する。そんな生徒を育てていくとパンフレットでも書いている一方で、ディベートは禁止して、仲良くしましょうと?」
「いえ、決してそういう意味では…」
「綺麗に言えば、切磋琢磨。お互いにぶつかり合って、長所や短所を認め合っていこう。そう入学式で言っていませんでしたか? それとも養鶏場のように身動きのできない金網に入れて、お金だけは落として下さいってか。」
「……」
「そうやって行儀のいい子を量産して、社会に出した生徒達がばたばたと競争に敗れて。そんなリタイヤしていく彼女たちを見て、どう思ってたんだよ! それが前の女子校時代だったんだろう? その時代の出身者で有名になった人の名前を言えるなら言ってみろ!」
「…みなさん、有名な家に嫁いでいかれてます…」
教務主任の言葉に教室内がざわざわし始めた頃、カメラ映像とマイク音声を拾った郷田課長が理事長に報告したのか、ふたりが教室にやって来た。
「理事長!」
「興奮しないで、高橋くん。それと水戸講師、生徒を睨みつけるのはルール違反です。戻りなさい」
「はい…」
「みなさんは、残り時間は自習とします。それと教務主任の態度に関しては、私が謝罪します。ごめんなさい」
そういって、理事長と教務主任、保安課課長が戻っていった。




