第65話 成果
放課後、俺はいつも通り会社に行かねばならないが、着替えもしていない。
京極にもらった小型携帯なので、執事の高橋さんの電話番号、メールアドレスは入っていない。
そもそも、学園に携帯を持ち込まない選択が失敗だった。
預ける事ができるなら、預ける事にすればよかった。
とにかく、邸宅にもどり、シャワーを浴びて着替えて会長に面会を申し込んだ。
会長は最近、業務システムのコメント欄を読んでいるらしく、うれしそうに言った。
「あきら、社員の素直な意見が聞けるとは、面白いな」
「会長には、係長や課長、部長を経由しないと届かなかった意見でしょうからね」
「うむ。中には何も考えておらんようなものもあるが、そんな見方もあるか、と感心させられるものある」
「時々、ユニークな意見を出した者を観察しに行っても良いかも知れません。中には言行不一致の者もいますから。ただ、会長が読んでいるとは思ってもいないでしょうね」
「確かに…ふっふっふ。ところで今日は何だ?」
「はい。邸宅の入門許可を頂きたい人が出来ました」
「ほ~ 女か?」
「はい。ネットバンクのCEOの娘、京極彩花の護衛兼親友というべき人物、勝田美香です」
その後、俺の知る素性、これまでの経緯、そして昨夜の一件をすべて話した。
「なるほど…では、一応こちらでも調べておこう。来週にでも面接をするから、本人にも都合をつけてもらってくれ。それで、京極の娘はどうするのだ?」
「いえ、この場所を美香の逃げ場所にしたいと考えておりますから」
「うむ。そういう事なら、それが良かろう」
会長との面会を終えて、会社に出勤した。
久々の出勤のため、1階から階段で上っていく事にして、受付嬢を見る。
「いらっしゃいませ」
丁寧な30度のお辞儀。
話をしようとカウンター前まで接近する。
服装も乱れは無く……。
「お嬢さん、スカートに何やら食べこぼしが付いているよ。シミになるから着替えて来なさい」
「あっ 失礼しました!」
1人だと思っていたカウンター内に、もう一人、女性がしゃがんでいた。
こんな夕方4時におやつタイムなのか…
180㎝の俺がスーツを着ると、さすがに高校生には見えないが、しかし、社長にも見えないのだろう。
「おい君、立て」
「は、はい!」
「手に焼き芋を持ったまま接客をするつもりか?」
慌てて内線電話機の横にある包装紙の上に、焼き芋を置いた。
「すみません…」
丁寧な30度のお辞儀。
いや、この場合は90度だろう?
それにしても、お辞儀だけは洗練されているようだ。
「社長の所まで案内してもらおうか」
「お客様、それだけは…そ、そうでした。社長はいまご不在でして…」
パーティションの裏側(総務課)が少し騒がしくなって来た。
「構わない。秘書はいるんだろう? 案内してくれたまえ!」
「は…い…では、こちらにどうぞ」
エレベーターに案内されて、4を押す受付嬢。
4階に到着すると、一部の者から声が掛かり、全員に広がる。
「お帰りなさいませ!」
佐々木秘書に言う。
「彼女はカウンター内で隠れて焼き芋を食っていた受付嬢だ。おそらく同僚もそうだろう。今日の反省文を入力させておいてくれ」
「それと君は、受付の改善案のリクエストを業務システムに出しておいてくれ」
システム担当の係長が、コンピューター室から顔を出して、おいでおいでのポーズをしている。
仕方がない。こちらは両手でTの字を作り、タイムを要求。
まずは、決裁申請画面から内容のチェックだ。
作業とコメント記入が終わり、コンピューター室へ向かった。
係長が1台のPCを操作して、情報BANKと書かれた画面を呼び出した。
まず最初に暗証番号を決めて入力。
携帯のメールアドレスを要求された。
小型携帯のアドレスを入力。
秘密の質問と回答を決めて入力。
完成して暗証番号を入力すると、携帯にメールが飛んでくる。
許容時間は3分と超短いが、この暗号入力で画面が開いて、名前検索画面になる。
グループ会社の全社員の履歴書、顔写真、保有資格など把握している事は全て表示される。
表示ページは矢印を押せば、次々と入れ替わる。
プロフィール登録されていれば、慰安旅行の際の写真まで表示されている。
「おお、これは…」
「はい、本人がプロフィール登録していれば水着写真でもOK。どうです、社長のお見合い相手をグループ内で見付ける事も可能ですよ」
「大きなお世話だよ」
スリーサイズまで登録してるって、そういう事なの?
ま~ 本人がいいと思うならいいけど…。
「社長、これで私の「社員情報バンク」のミッション達成という事でいいですか?」
「よし! よくできている。希望報酬はビール券10枚だったな。許可を出しておくよ」
「ありがとうございます」
方向性は少し違うが、自ら目標設定を行い、それを確実に実行してゆく仕事の進め方は悪くない。
佐々木秘書の所に戻り、受付嬢に、カウンター周辺の食べこぼしがゴキブリを呼ぶ事を教え、清掃の指示と、戻る事を許可した。
まもなく定時、17時。
残業をする必要のない会社だから、外勤担当、当直以外は全員が帰る。
俺はリモート勤務を推進するつもりはない。
自分が自宅で仕事モードにシフトチェンジできる自信がないからだ。
この会社組織の硬直化を治すために、グループ会社に出社してしまう事を推奨している。解釈を変えると、副業の集合体のような会社だ。
社員ひとりひとりが『好きを仕事に』できて、かつ、成果を得られればいいんだけどな~
是非、自分の可能性を見つけてもらいたい…なんて、ついに俺も他人の幸せを願うようになったのか?




