第59話 ネットバンク
5月になった。
理事長から郷田課長が聞いた話では、勝田美香の処分はイエローカードが1枚。
現状は警告であって、特に懲罰はないが、2枚で停学、3枚で退学らしい。
また、京極と勝田はともに、俺が高橋ホールディングスの関係者とは知らなかったそうだ。
食堂で京極が俺の前の席に座り
「先日はすまない事をした。勝田は何でもするから許してほしいと言っている」
遅れてやってきた勝田は俺の隣に座って小声で言う。
「彩花さま!そんな、何でもなんて…」
3人が固まってひそひそ話をしている図は、京進証券のトリオみたいだ。
「おまえら、お昼は食べないのか?」
「買ってきます!」
そう言って、勝田美香は販売カウンターに行った。
「おまえら、仲がいいんだな…」
「小さい頃からだから…とにかく『おまえら』じゃなくて、『あやみ』がいいな」
「彩花のあやに、美香のみで、あやみか…」
「高橋はひとりぼっちなんだろ?」
「またその話か…友達ができないんじゃない。ひとりが気楽でいいだけさ」
「ははは。あやみと同じだね…すぐ、ネットバンクのなんたらかんたらとか言うけど、女のあたしたちなんて、期待もされてないし、そんな力もないよ」
「そうなのか…」
「そうさ。だからあんたがネットバックと組むより京進が…とか言ってたけど、私が勝手に高橋が可哀想とか思っただけさ。なのに美香が勘違いして大浦未来に取られるのはダメとか言って」
「なんだ、勝田は大浦に対抗心を持ってるのか?」
「そうみたい」
勝田がうどんをトレーに2つ乗せて戻ってきた。
「きつねうどんとは、質素だな」
「いや、ここのうどん、出汁が黒くなくて美味いからね!」
「あ~ 確かに分かる。俺も元々は大阪だからな~」
「そうか~ だったら、これからよろしくな!」
「正直、勝田のような『ざっくばらん』に話せる相手は好きだぞ」
驚いた顔をしてから、少し赤くなった。
「す…き…?」
「じゃ、お先に」
あんな奴なのに純情みたいだ。
マジで嫌いじゃない。
次の日から、3位の京極彩花は隣の男子と席を交換して、通路を挟んで俺の隣に座った。
勝田美香も同じく男子と席を交換し、3人は一団のようになった。
勝田が言い出して、おいしいお好み焼き屋があると聞き、今日は放課後の出社はせず、3人でその店に行く事になった。
もんじゃ焼きが多いのだが、その店はお好み焼きの店で京都出身の店主らしい。
放課後の4時なので、店は開けたばかり。
勝田は常連らしく
「来たよ~」
「おお、あやかちゃん、いらっしゃい! それに彼氏まで連れてきたのか~」
「なに言って『高橋です!よろしくお願いします!』」
元気よく30度の普通礼をしたら、『よし!』とか言われ、歓迎された。
豚玉を注文してから店主に根掘り葉掘り聞かれたが、正直に
「美香とは話しやすくて、好感を持っていますが、彩花とはまだ壁があります」
そう言うと、美香は以前にも増して顔を赤くした。
すると、美香は彩花を俺の隣に座らせて言う。
「お嬢さまとも、仲良くしてほしい」
「分かってるよ」
それから俺と彩花は互いの立場を話し合って、理解を深めた。
彩花は確かに京極隆一の娘、そして美香の父親である勝田は京極の幼なじみであった。
両父親は、小さい頃から万引きやカツアゲなどで、互いを助け合って生きて来たらしい。
そんな悪行を自慢する父親たちだが、大きくなるにつれ、『彩・美』のままごとを優しい目で見る環境では無くなっていたらしい。
ある日、事務所に数人の男達がやって来て、乱闘になった。
その場にいた『彩・美』は、どんな気持ちだったのか、俺には想像できないが…。
とにかく、侵入者たちを撃退した親たちは、そこから逆襲に出て、結果的に縄張りを守ったらしい。
その後、上の組織同士が手打ちをして、京極たちはまとまった金を手にする代わりに、その地を出ていく事になった。
解散した組織の半数、5人で東京に来たのは、ある政治団体の下働きの仕事があったからだ。
群衆に混じってヤジを飛ばす、演説のじゃまをするなど。
その左翼組織の仕事をしながら、個人に金を貸し、次第に金融業に入っていった。
左翼団体の資金を運用し、増やす目的の合法的な法人を設立してもらったのだ。
政治に絡む団体でなければ、彼らが金融業など設立できるはずがない。
今でもその頃の影響がないとは言えないが、その組織が分裂し、抗争の結果、首謀者が殺され関係者は海外に逃げたらしい。
京極たちが裏金を運用し、増えたお金がネットバンクの資金なのだ。
今では当時雇った学生アルバイトが正社員になり、表稼業を動かしている。
だが今でも、京極たちの仕事はある。
いわゆるマネーロンダリングにも使われ、左翼だけでなく、自由党の大物も利用した事があるらしい。
そんな世界を、そんな企業を、娘に託す事はできない。
おまえら『彩・美』は、陽の当たる世界を生きて行け、そう言われている。
だから、厳しい塾通いも頑張ったそうだ。
まぁ、それで長栄学園の総合学科と言っても、1組なら自慢もできるか…。
お好みだけじゃなく、味噌汁やだし巻きなどの品物も出て来た。
この日以来、時々は放課後にお好み焼き屋に寄ってから、会社に行く事もある。
そんな生活だったので、タワーマンションを出て、会長の屋敷に引っ越した。
邸宅の2階に、ただ一人、この屋敷の侍従という位置付けのおじさんがいる。
親類の人らしくて、名字は同じ高橋だった。




