第54話 不正行為
改名はやっぱり、同級生たちを混乱させていたみたいだ。
いずれ謎の高橋グループの身内である事は、ばれるだろう。
仕方ないな。
会長宅にやってきた。
既に養子になった今は、この屋敷に住んでもいいそうだ。
部屋はたくさん空いているし、家政婦もいるから便利ではあるのだが…
インターホンを押して、顔認証が通れば、門扉のロックは解除される。
僅かな庭を通り過ぎ、玄関のエントランスで守衛室内からの敬礼を受けて、奥に。
顔認証と言っても、実はここにいる警備担当の認証で画像判定ではなかったりする。
そう、俺が来たのは3階建てになっている邸宅側。
エレベーターがある西側まで廊下を歩いて行く。
防火扉を超えると、そこは5階建ての事務棟のT字路。
左側には大きなガラスの自動ドアと両側に立つ守衛の背中が見える。
右側のエレベーターで3階に上がり、執務室に。
『コンコン』
「あきらです」
「はいれ!」
「初出勤ご苦労様。今日は立花ビルメンテナンスに行くぞ」
「はい」
「立花幸三は専務となっているが、グループで最も仕事をしておらんただの押印マシンだ。そこで、当分の間は立花の社長と高橋秘書を兼務してもらう」
「え~ いきなりですか?」
「何を言っとる。以前にシステム担当と一緒に乗り込んで、手書きの帳票類を片っ端から機械に掛けていたではないか」
「ま~ 思い出せば、あの頃は手加減というのを知りませんでしたから…」
「ふん!なだめ役など10年早い。それに悠長な事をしていると陽菜に渡す頃には、何も残っておらんぞ」
「確かに…」
「で、今日は例の裏金作りの件で?」
「そうだ。特捜チームに証人も抑えてもらったからな。一掃するつもりだ」
立花ビルメンテナンスは、ここから歩いて10分。
会長が手に入れたビルに入っていて、立ち退き交渉から始まって、吸収する事で決着した。
旧華族と言っても、遠い昔の事で資産もなく、土地も抵当権が設定されていた。
客観的に見ても、競売に掛けられるという不名誉を世間にさらさなくて良かったという所だろう。
有利子|負債(負債)がなくなり、徐々に黒字に転換できたのは、会長所有のビルの管理を任されるようになったからだ。
それを、不正な経理手段を使って裏金を作り、慰安旅行や食事補助に使い、一部は首謀者の懐にも入った事だろう。
立花ビルメンテナンスの社屋に到着して、1階の駐車場のエレベーターで、2階の受付を飛ばし、一気に4階のオフィスに行く。
エレベーターから通路に出てすぐ右の扉を開ける。
「おはよう!」
会長が大きな声で挨拶をぶち上げる。
ざわざわと騒ぐなか、1番奥にいる管理職らしき男があわてて挨拶をした。
「あ、いらっしゃいませ、会長!」
会長はスタスタと総務課というプレート所まで行くと指示を飛ばした。
「おい!専務を呼んで来い」
社員があわてて階段を駆け上がる。
このフロアは総務課と管理課の居室になっていた。
「専務、ここに居る高橋ホールディングスの会長秘書は、本日付けをもって立花ビルメンテナンスの代表取締役社長に就任した。但し、今日はその挨拶に来たわけではない」
うしろを振り返り、社員全員に伝わる声で言った。
「良く聞け!今日は新社長とともに、会社の体制を一新するために来た。会議室に呼ばれた者は、直ちに来るように!」
会長は、今降りて来た『何も専務』と陰口を叩かれる立花氏を引き連れて会議室に入る。
中からすかさず
「高橋社長!」
俺の事だ。
「はい。失礼します」と中に入る。
「片桐部長!」
「片山課長!」
「小野田課長!」
続いて3名が入ってきた。
会長が鞄から組織図を広げて、なにやら書き込んだ印を確認している。
「片山、小野田、貴様らには刑事告訴か自主退職かを選ばせてやる」
そういって、退職願いを配った。
専務は何も考えずに各自1枚、という感じでスライドさせた。
これで切れ者なら、とんだ昼行燈だが…。
赤い顔をした課長職の2人。
実は小野田は既に、付き合いのある会社に打診をしている事が判明している。
そのため、退職願いにその場で自己都合に〇を付けて署名している。
一方の総務課の片山は迷っているようだ。
「私は…上からの指示に従っていただけで…『何を言っているんだ!』」
片桐部長が片山課長の発言を遮るように怒鳴った。
俺は牽制の意味も込めて
「片桐さん、息子さん長栄学園を辞めたそうですね…」
「それがどうした? そんな事はいま関係ないだろう!」
「女性講師に手を出して、それが露見すると『結婚するつもりだった』と言い訳をして処分を逃れ、その後、行方をくらましたそうですが…。電話番号は現在使われておりません状態だし、届けていた住所は別人が住む部屋だったそうです」
「そ、そんな事…私は知らないし、その事と不正会計がどう関係しているというのかね!」
「では、どうして契約のない不動産屋に振り込みを?」
「私はそんな指示は出していない!」
「この会社は全て手書き伝票で動いていた会社です。どうせ裏金の振込処理も人手で行って伝票類は破棄したのかも知れませんが、銀行口座には証拠の記録は残っているんですよ?」
片桐部長がいきなり席を立ち、会議室から出て、管理課の所に行く。
「佐々木、行くぞ! こんな会社、今すぐ辞めてやる!」
「えっ ちょっと痛いです!やめてください!」
俺は、佐々木という女性社員の腕を引っ張る片桐部長の所に行き、あっけに取られて動けない社員たちに代わり、部長の腕を横からつかんで強く握る。
「いてて!なにをする!」
佐々木さんの腕から離れた片桐部長の手をひねって、床に抑え込んだ。
「女性社員を人質にしようとは、とんだ悪党だな!」
「違う!違うんだ。彼女とは『何言ってるんですか部長!』」
「いつまでも私を思い通りにできると思ったら大間違いです!それに、あなたの息子さんはどこに行ったんですか?」
元公安調査庁のチームに、不正会計に係わったと思われる人物の調査を依頼し、片桐部長の息子と婚約しているという噂の女性社員の存在をつかんだ。
それが、この佐々木という女性だ。
事情を聴いて、意味不明な不審な送金を担当していた事が判明した。
だが、婚約したはずの息子は就職した学園の女性講師と結婚すると言い、肉体関係を持ったあと、学園から姿を消した、という事を彼女に伝え、不正行為に利用されただけという気づきを与えたのだ。
まさか自分が振り込んだ不動産屋の賃貸物件に住んでいるとは、思ってもいないだろう。
会社側の調査に協力をすると約束を取り付け、すでに調書も取り終えて、結婚詐欺と業務上横領で刑事告発できるようになっている。




