第52話 改名
春休みになった。
今日は学園に、中等部の下駄箱のカメラを移設しに来た。
高等部教育棟の下駄箱に移設したあと、待機室に映像の確認にきたのだが、郷田課長はいなかった。
理事長室に寄ってみた。
『トントン』
「どうぞ~」
「え~と、4年に…『石山くん、入って』…失礼します」
「あっ 郷田課長、ここにいたんですか…」
「どうした?」
「いや、下駄箱のカメラを高等部に移設したんで、確認にと思って…」
「下駄箱のカメラって、なにかあったの?」
「いえ、名無しのラブレターが入ってまして、正体を突き止めようとして…」
「へぇ~ さすが高橋ブランドね…」
「そう!それですよ、講師の人はみんな俺の事を高橋ホールディングスの幹部だと思ってて…で、結局、ラブレターの犯人は助重講師らしいです」
「な、なんですって!」
「理事長… 俺と講師の場合には社会問題になりますよ」
「倫理重視の指示が効いてないみたいね…あきらくん、ごめんなさい。再徹底するわ!」
お弁当が理事長室に届いたのを切っ掛けに、俺は部屋を出て、帰路についた。
翌日、まもなく正式に高橋ホールディングス(HC)の秘書として働く事になっているので、会長宅に顔を出した。
『コンコン』
「石山章です」
「おぉ~ 入れ!」
「おはようございます」
「おはよう。どうした、何かあったのか?」
「いえ、正式な出社の前に、システムグループのようすを見にきました」
「そうか…」
先日から学園で自身の事が高橋グループの幹部だと思われている事を話した。
「そうか…ならばちょうど良い。ここに『養子縁組届け』の用紙がある。わしの名前は既に書いてあるから、署名をしてくれ」
「本気ですか?」
「ああ、本気だとも。麻衣が君の父親と結婚すると言い出して、調べた時はそこまでの考えはなかった。学校での成績が優秀で、陽菜が懐いているという事だったから、ちょっとした手伝いを頼んでみるか、と思っただけだ」
「はぁ」
「気づいているか?陽菜には特殊な、相手の本性を見極める能力があるようだ」
「えっ? そうなんですか?」
「うむ。5歳前から、話をする家政婦と毛嫌いする家政婦に極端に分かれるようになって、色々と念入りに調べたのだが、毛嫌いする家政婦は身元を偽装している者や、犯罪歴のある夫を持つ者だと分かったのだ」
「そして、これは偶然ではなかった。手を尽くして調べるうちに喫茶『憩』のオーナー、元公安調査庁の凄腕調査員、有本英二氏と巡りあった。君も親しくしているそうだな?」
「はい、彼女の祖父だったので…」
「彼らには彼ら独自のメンバーがいるらしくてね。金は掛かるが実にしっかりとした調査回答があって、高橋グループに敵意を持つ左翼組織が計画的に送り込んだ家政婦だったと判明した」
「この場合、工作員と呼ぶ方が正しいのだろうが、彼女たちは韓国で整形したうえで、里親と養子縁組をして、名前さえも変えていたのだよ」
「あぁ、K芸能事務所の組織か~」
「なんだ、知っているのか」
「はい、前述の彼女が狙われまして…」
「これは憶測だが、時期的には、うちの家政婦の件を調べた事が関係しているかも知れんな…話が逸れたが、陽菜には何らかの能力がある、そういう事だと理解して、陽菜を嫌がる相手には近づけんように。頼むぞ」
「分かりました」
その後、養子縁組は、父とも話し合いは既に終わっているとの事であった。
「あきらは既に高橋ホールディングスが、ただの企業グループではない事に気づいているのだろう?
「え~と、旧華族の方々の資産継承のための企業グループという事でしょうか?」
「そこまで分かっているなら話は早い。石山家の事を調べているうちに、高松家の子孫である事が判明したのだ」
「高松家?ですか…」
「江戸時代中期の准大臣、武者小路実陰の子・重季を祖とする家だ。藤原北家閑院流武者小路家支流の公家、家格は羽林家。華族としての家格は子爵家だな」
「子爵…」
「昔の話だ。だが、そんな昔の家格などという価値観をわざわざ壊しに来る連中がいるのも事実。つまり、そこには彼らが嫌がる何らかの価値があるのだろう。彼らのやり口はいつも同じ、内部闘争だ。だから、グループを率いる幹部には、同じ価値観を共有できる資格を要求しているのだよ」
「なるほど…」
「分かったなら、身分証明、確かパスポートを持っていたな? それを持って来てくれ。役所に届けにいくからな」
それからは、名義変更手続きに追われた。
銀行口座に証券口座、各種照明書類など。
そして、リックトレードの株主としての名義変更申請を神田弁護士事務所に。
そして高等部に進学前には、学園にも届けを出して、高橋章として4年生になった。
当然、クラス分けの一覧表には『石山』の名前は無く、一部の生徒には困惑が見られたが…。
実際には顔見知りの3年1組や2組の人達は、大半が普通科へ内部進学してしまったため、総合学科の1組に入った俺の周囲には、困惑した人はいなかった。
むしろ、新鮮な気持ちでホームルームを迎えた。
童貞を捨て、名前を変え、クラスのメンバーが変わり、まさに心機一転だった。




