第50話 事件
新年を迎え、久しぶりに喫茶『憩』に来た。
「あけましておめでとうございます」
「おめでとう」
オーナーの有本英二さんの返事は、明らかに元気がない。
カウンター席に座り
「ホットコーヒーですね?」
「はい」
元旦2日目の初営業日なので、それなりにお客さんは多い。
以前にも見た、きれいなお姐さんが動き回っている。
「あたし、つばさって言うの。よろしくね!」
元気があって良いと俺は思うが、オーナーは渋い表情だ。
もっと静かに接客すべき、との考えだろう。
正月休みには無かったが、半ばには会長から連絡があり、印鑑を持って来いとの事。
行くと、年末調整の申告書類があって、署名、住所、電話番号、そして押印をと言われた。
まさか年金に加入するんじゃないでしょうね?と聞けば、フルタイムでは無いから義務はないとの事。
株価は昨年年末に18000円に達していたが、今は少し落ちて17000円台になっている。
18000円で売り、17000円で買いの指定を入れておこう。
思い付きで、下駄箱に光電スイッチと超小型カメラを設置した。
これで下駄箱を開けると光が入り、カメラが動作する。
向かい側の下駄箱の上に、電波中継器を置いておく。
中等部もあと2カ月で終わり。
ありがたい事に本当に勉強は楽しかった。
数学Ⅰは中学でやった内容が多く、特に『二次関数』では、関数とは何なのか、グラフの移動、グラフの書き方、最大値・最小値の求め方など、今後の学習に活かせる内容だと書かれていた。
一方数学Aは、整数の性質、図形の性質、場合の数と確率など、分野毎に独立していて、1つの分野の内容をおさえれば、ある程度得点できるようになると書かれていた。
定義や公式などは、簡単に覚えてしまったが、問題数をこなす事で自信は付いた。
再び、超小型カメラによるスキャンダルが発覚した。
英語教材はその後も順調に作成され、現在は高等部の教材作成中であった。
それは機材室に入る新任の情報課片桐講師と、英語科角田講師の姿から始まる。
人感センサーがONになり超小型カメラがONになったからだ。
一通り、教材作成が終わり、機材を片付け始めた頃、角田講師が片桐講師に抱きついたのだ。
そのあと、激しくキスをして、お互いに上着を脱ぎ始め、片桐が角田の胸をまさぐり始めた時、ディスプレイのスイッチが切られた。
「あっ!」
「こどもはここまでよ!」
「え~ もう15歳なのに…」
待機室の郷田課長と理事長。
そしてなぜか俺がいる。
「これを証拠にする事はできないから、別に証拠として、窓からカメラで撮影してもらえる?」
「え~ しょうがねえなぁ」
「そういう事で、特別手当、支給してあげてね。石山秘書さま」
そういう理由で呼ばれたのか…。
「では、決定的な証拠となるものを確保頂く事として、成功報酬3万円、用意させて頂きます」
「よし、じゃ~最後まで見て行くか?」
「だめですよ!郷田さん!」
高橋HCにデータが送られている事を郷田課長は知っているのだから、これはお芝居だ。
ま~そうは言っても会長がいない時には、部屋に入れないからな~。
後日、郷田課長は教材作成日にモニターを監視し、教材作成が終わった時点から校舎裏に行って、脚立を組み、望遠鏡に携帯を取り付けると、丁度、事が始まった時だったらしい。
望遠鏡と脚立は別途Amazonの納品書で経費請求がされて、わずか4000円弱だった事に驚いた。
2月半ば。
直接は知らないが、理事長からの事情聴取で、角田講師と片桐講師は結婚を考えているとの回答で、処罰を猶予される事になった。
当然、残り数本の教材作成は一緒に作業をさせる事はできない。
そこで、俺が呼び出される事になった。
最初こそ、落ち込んでいた角田講師だったのだが、180㎝、78Kgの細マッチョになっている俺に、接近してくるようになった。
超小型カメラには、マイクは付いていない。
そう。音声は拾わない。
パソコンの操作から目を動かさずに、角田講師に注意する。
「この部屋は監視されていると思いますよ。あんな事があったんだし…」
「えっ! ……」
「キョロキョロしない!」
「ひゃい!」
「本当に片桐講師と結婚する予定なんですか? うそなんでしょ?」
「あ、はい…」
「どうして?」
「あ、あたし、何かパソコンをパパパって操作できる人に弱いみたいで…」
「好きになっちゃう?」
「そうそう。なんかカッコイイですよね!」
こういう機械音痴の人は、機械に強い、パソコンに強い人に弱い傾向があるみたいだ。
「あたしの家のパソコンも調子悪くて…どうしたらいいか分からなくて…」
「具体的には?」
「『インターネット接続なし』とかが出てくるんです」
「それで?」
「いや、だから…」
「そのまま?」
「そうそう」
「それが切っ掛け?」
「え~ 違うわよ…いきなりそんな事、頼めないわよ~」
キスする方が『いきなり』と思うのだが…
「俺が見てあげましょうか?」
レジュメの紙を裏返しにして、メモとして渡し、住所と電話番号を書いてもらう。
「ほんとに? 助かる!」
メモに何やら記入しながらだから、動画を見ていても不自然さはないだろう。
早速、次の日曜日にマンション前まで行ってから、電話を掛けた。
「はい、もしもし角田です」
「あ、おはようございます角田先生、石山です。近くに用事があって来たんで、寄ろうかと思ったんですけど…早過ぎました?」
「あ、いや、そんな事ないけど…ちょ、ちょっと片付けるから待っててくれる?あとどのくらいで来れるの?」
「あぁ~ マンションを見付けてから電話を掛けたんで、もう目の前です」
「じゃぁ、玄関で301号室を呼び出して。ドアを開けるから…」




