第41話 カメラ目線
もう解説本の説明は無理です。
解説本なのに、内容がむつかし過ぎて理解できない。
住職の健一おじさんに返そう。
今日は2年生の社会見学、美術館に行く日だ。
地下鉄で1駅移動して保険会社の美術館にやってきた。
前田純子が俺に近づいて来るが、山里がそれを阻む。
そんな繰り返しの美術鑑賞。
今日、2年1組を引率するのは社会科の岩倉講師なので、前田に対する忖度はない。
「前田さん。美の価値を大切に、心豊かな生活を送るために鑑賞に来ているのです。それなのに前の人を押し退けようとするなんて、正しい鑑賞の態度ではありませんよ」
そう。2位の俺と3位の蘭が横並びでも不自然ではないが、5位の前田が俺の横に来るのは無理がある。
「山里、お前は3位なんだから、ちゃんと前田の突撃を受け止めてやれよ!」
最近の山里は、順調に愛されキャラになって来ている。
本人も気持ちよさそうなので、俺のツッコミもいじめではない。
「よし! どんと来い!」
「ち、違うわよ!」
前田の否定を無視してルームメイトたちが笑う。
1組が出口を出た時、2組の列が入り始めていた。
清水は2組の中団、野村優香は最後部に並んでいた。
斉藤が野村の所へ行き、なにやら話をして、野村が怒って『あっちへ行って!』という声だけが微かに聞こえた。
「どうかしたのか?」
「いや、まるでタレントみたいな活動の優香に『3組に戻るつもりか?』と言ってやったのさ」
「なるほど…ところで、斉藤は野村病院へ就職するつもりなのか?」
「あぁ? ん~そんな気持ちもあるにはある。だけど望まれている訳でもないのさ」
「そうなのか?」
「あぁ、むしろ経営手腕とか、そっちみたいだ」
英二さんの調べで、斉藤は野村親父の愛人の子供だが、認知は受けているそうだ。
何でも華族が現役だった頃は、愛人が2人とかは当たり前だったらしい。
そして、その中から優秀な者が選ばれる。
つまり、浮気とかじゃなく、そういうシステムだったという事だ。
「大変だな~斉藤も…」
「ふん、こんなもんさ。それでも成績が良ければ、待遇はかなりいい。実力が反映されるなら、やり甲斐はあるさ」
「確かに、それはそうだな…」
「行き先が無いなら、いつでも言ってくれ。お前なら親父も喜んで引き受けてくれるだろう」
「ありがとう。困ったら言うよ」
学園に戻ると昼休みになった。
3年生が修学旅行で不在だし、2年生は半分いないから食堂はガラ空きだ。
蘭とふたりで、ゆっくり食事。
「蘭は小さい頃から、お箸を使ってたの?」
「ママとふたりだったからね~」
「そういえば、パンケーキもお箸で食べてたよ~ 節分の豆まきもやったな~」
食事が終わってしばらくすると2組も食堂にやって来た。
今日の食堂は長い時間対応するのだろう。
4組や5組はこれから美術館に出発かな。
11月25日(月)
蘭の誕生日。
今日は特別に、塾はお休みにした。
さすがに5時に店は閉められないから、予約席で誕生会。
蘭はまだ14歳。
だけど、俺なら、ずっと使えるプレゼントがいい。
だから、スワロフスキーのペンダントにした。
11月だから、ブルートパーズが入っている。
「蘭、誕生日、おめでとう」
「ありがとう。これ、開けてもいい?」
「うん」
「うわ~~ きれい!」
「付けてあげるよ」
ペンダントを付けるため、席を立って、蘭の後ろに回り込む。
「後ろ髪を上げてくれるかな」
ペンダントのフック部を持ち、後ろからペンダントトップを前に回して、蘭のうなじで止める。
周囲のお客さんまで、一緒になって拍手が起きた。
「ありがとうございます」
「ささ、じゃ~ ケーキを持って来るから、写真の準備をして!」
去年はショートケーキだったのに、今年はホールケーキだ。
1と4のろうそくに火を点けた。
バイトのお姐さんが、蘭と俺、そして後ろのオーナーが入るように、写真を撮ってくれた。
そして、ろうそくの火を吹き消して、拍手。
このあと、ホールケーキはお客さんにも提供されて、無駄にはならなかった。
オーナーが、コーヒーを俺の所に持って来てくれて
「あのペンダント、高かっただろ~ 無理をさせたな」
「いえ、値段の事は気にしないでください」
ご存知、スワロフスキーはクリスタル製品なので、宝石ではない。
本当に愛って何なのか、分かったら、本当の宝石をあげる。
今はただ、キラキラしてる心だけを、あげたんだよ。
口では言えないけど…。
6時に誕生会はお開きになった。
蘭は喫茶店の裏口から自宅に戻る。
それを出口まで見送った時、蘭はオーナーに見つからないように、短いキスを俺にくれた。
12月になった。
これから1週間は、期末テストに向けて、蘭の自宅で演習問題の復習と答え合わせ。
ローテーブルの中央にプリントを置いて、ノートに答えを書き、答え合わせ。
俺の参考書と問題集をする時は、俺が入口正面の席に移動して蘭の質問に答える。
蘭の横顔を見ながら、無理をして女子2位を狙わない理由を説明した。
「稲盛 萌と東 美咲は普通科に進学の予定だ。彼女達と競っても時間量で勝てない。それよりも蘭は、道場の稽古や、好きな料理などに時間を使えばいいと思う」
「うん」
「本当なら、未来にはたくさんの選択肢があるはずだけど、蘭には、リックトレードという会社があって、お父さんの残した会社から離れる訳にはいかないだろう?」
「うん、その選択はないね」
「取締役として直接、経営に携わるなら、オーストラリアに住むしかない。でも、誰かに経営を任せて、株主として議決権を行使するだけなら、日本で暮らす事も可能なんだよ?」
「うん、そうだね…」
「いまは、その2つしか選択肢はないけど、俺はずっと一緒にいるから、安心して」
笑顔で納得した表情の蘭。
右側にいる蘭が、ローテーブルに手をつき、俺の顔を覗き込むようにキスをした。
その瞬間、俺は前方30°上方向の見守りカメラに目線を送っていた。
(オーナー!俺のせいじゃないよ!)




